警察ミステリジャンルのヒロインメイカー。
第十六回鮎川哲也賞を受賞したデビュー作『ヴェサリウスの柩』(二〇〇六年)、続く『真夜中のタランテラ』(二〇〇八年)で、当初は医療系ミステリの書き手というイメージを印象づけた麻見和史だったが、警察小説に本格ミステリ要素を取り入れた『石の繭 警視庁捜査一課十一係』(二〇一一年/文庫化に際して『石の繭 警視庁殺人分析班』と改題)で作風を警察ミステリにシフトして以降、〈警視庁捜査一課十一係〉シリーズの如月塔子をはじめ、〈特捜7〉シリーズの里中宏美、『共犯レクイエム 公安外事五課』の篠原早紀など、難事件に立ち向かう個性豊かな女性刑事たちが登場する作品を続々と上梓し、いまやそう称されるにふさわしい確固たる地位を築き上げた。
そうして生み出されたヒロインたちのなかでも、もっとも規格外の女性刑事といえるのが、警視庁捜査第一課科学捜査係文書解読班主任――鳴海理沙警部補だ。
本作『永久囚人 警視庁文書捜査官』は、「文章心理学」を駆使して遺留品や現場に残された文字から事件の真相に迫る極度の文字マニアである理沙と、何度でも繰り返し聞き込みに行く粘り強い捜査姿勢から所轄時代に〝お遍路さん〟の異名を取った部下の矢代朋彦の活躍を描いたシリーズの第二弾である(この巻から読み始めても大きな問題はない)。
今回、文書解読班が扱うのは、下高井戸にある元フィットネスクラブの廃屋で男性が異様な姿で殺されていた事件だ。腹部を刺されシャワー室のタイルの上にうつぶせの状態で倒れていた遺体は、体を銀色のワイヤーで何重にも巻かれており、傍らには被害者が死に際に書いたと思しき「Aboy」と読める血文字が残されていた。その文字はタイルの目地に沿った角張った形をしており、電卓やデジタル表示の時計などでよく見る七本の棒を使って数字を表現する「七セグメント」を想起させるものだった。
早速このダイイングメッセージの解読に取り掛かる理沙たちだったが、捜査を進めていくと、さらに手強い謎が立ちはだかる。被害者の自宅から回収したDVDを調べてみると、書籍二ページ分の画像が記録されていることが判明。「僕」と「私」が会話する幻想小説のような内容の奇妙なそれは、以前に一冊一万円で販売された自費出版本『永久囚人』の一巻目を写したものであった。しかもこの『永久囚人』なる物語は、どうやら九十九巻まで存在することがのちに明らかになる。
ダイイングメッセージだけでなく、今回は膨大な巻数の稀覯本を調べ、さらに書かれてある謎めいた物語についても読み解かなければならず、様々な文書を手掛かりに捜査を繰り広げるシリーズならではの面白さが前作『警視庁文書捜査官』以上にあふれている。
それは単に解読する文書の量が増したという意味だけではなく、入手困難な稀覯本の現物をいかに手に入れるか、愛書家や蒐集家を相手にどのように聞き込みを進め、情報提供や協力を求めるか――といったビブリオ・ミステリ的な要素も加わり、従来の警察ミステリにはなかった独自のテイストを獲得している。
また、本作のもうひとつの大きな読みどころとなるのが、このたび所轄の生活安全課から文書解読班へ異動してきた新メンバー――夏目静香巡査だ。矢代よりもさらに背の高い一八〇センチの長身で、なにか発言をする際には「意見具申!」と声を上げる二十七歳の熱血刑事だが、残念ながらその熱意はどうにも空回りしがち。まだまだ捜査官としては見習いレベルだ。今回矢代は、そんな夏目とコンビを組んで捜査にあたることになり、いっぽう理沙はリーダーとしての能力を要求される。夏目の加入によって、早くも二作目にして理沙と矢代の立ち位置に変化が生じるあたり、本シリーズは麻見作品のなかでもとくに主要キャラクターを絶えず動かし、常に新たな局面に立たせていく狙いを秘めているのかもしれない。夏目がこれからどのように成長して文書解読班の戦力となっていくのか、矢代の〝過去の事件〟とあわせてシリーズを追い掛ける愉しみがプラスされたといえよう。
愉しみといえば、理沙たちをサポートするサブキャラクターの存在も忘れてはならない。阿佐谷の書道用品専門店《芳華堂》店主で理沙の大学時代の恩師である遠山健吾が前作に続いて貴重な助言をするだけでなく、今回は神田神保町で自称〈古本探偵〉を名乗る勝俣善文が登場。稀覯本『永久囚人』について、理沙たちとは違ったアプローチで調べを進めていく。今後こうしたキャラクターが作品ごとに登場し、いずれ事件のタイプに応じて文書解読班をアシストする、いわばチームの一員となっていく可能性もあり、大いに想像が膨らむ。
とはいえ本作は、理沙をはじめ特異な能力を有したキャラクターたちが、いかに凶悪な猟奇犯罪者を追い詰めるか――を一番の〝売り〟にしているわけではない。終盤で今回の事件の真相が明らかにされるとき、読者は序盤を読んだだけでは想像もできない深い哀しみと切なる想いを目の当たりにし、息を呑むことだろう。麻見作品が一部のミステリファンだけでなく、多くの支持を集め広く読まれるのは、現代の悪意を生々しく描き出すために猟奇的犯罪を扱うのではなく、不幸な巡り合わせによってそうせざるを得なくなってしまった人間のやむにやまれない悲劇性を描いているからだろう。ある問い掛けによって理沙と夏目の距離感が変わる終盤のシーンと合わせて、ミステリ作家・麻見和史の持つ生来の温かな人間味が透けて見え、ますますファンを増やすことになるはずだ。
さて、最後に本作に続く作品について触れておくと、『緋色のシグナル 警視庁文書捜査官エピソード・ゼロ』(二〇一八年)が刊行されている。〝エピソード・ゼロ〟とあるように、文書解読班設立以前、まだ所轄の刑事課に所属していた頃の鳴海理沙が登場し、男の遺体とともに残された赤い文字の謎を、捜査一課の刑事とコンビを組んで捜査することになる。これまでの二作とは異なる、矢代ではない視点から描かれる理沙の人物像と活躍にご注目いただきたい。
と、ここで筆を擱こうとしたところ、朗報が飛び込んできた。
〈警視庁文書捜査官〉シリーズが、『未解決の女 警視庁文書捜査官』のタイトルで連続TVドラマ化され、二〇一八年四月よりテレビ朝日系にて放送が始まっている。鳴海理沙を演じるのは鈴木京香。矢代朋彦は、なんと女性刑事「矢代朋」と改められ、波瑠が演じるというから驚きだ。Wヒロインとなるドラマ版は、どうやら頭脳派刑事と肉体派刑事のコンビが〝文字〟を糸口に未解決事件に挑む内容になるようだ。小説という〝種〟が、どのように映像として芽吹き、大きく枝葉を伸ばしてくれるのか、愉しみに見守りたい。
>>木曜ドラマ『未解決の女 警視庁文書捜査官』公式HP
>>角川文庫創刊70周年 特設サイト メディアミックス特集
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