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レビュー

手嶌葵も共感!「この小説で体験した感覚はコンサートで味わう感覚と似ているなと思いました。」『見えない星に耳を澄ませて』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者:手嶌 葵 / Vocalist)

 最初に『見えない星に耳を澄ませて』の書評のお話を頂いた時、音楽療法士の話だと聞いて、お受けするか少し悩みました。音楽の事を言葉にする事、説明をする事は私にとって難しい事だといつも感じていたからです。でも歌を歌う事が本当に少なくなってしまった今、音楽という言葉に惹かれて読んでみたいと思い、お引き受けする事にしました。

 さあ、ページをめくって指先で文字をたどっていった途端に、名前も知らない少女の言葉に体がグキリとしました。少女と話をしている主人公の真尋さんの戸惑いの感情が流れ込んでくる。サンルームにあたる雨音と一緒に、少女の諦めの眼差しと刺々しい言葉を聞いている真尋さんの次の行動に目を耳を、澄ませる。音大生でピアニストである真尋さんと患者である少女とセラピストの三上先生、三人の時間に流れる、緊張感、一体感、喪失感、若い自分も感じた事のある感覚が溢れてきて、思わず心臓の音がドキドキと聞こえてきてしまいそうでした。

 真尋さんはセラピー中ただピアノを弾く訳ではなく、好きな様に即興で楽器を鳴らす患者さんに合わせて演奏のサポートをする。それは、安全で、美しく整列した楽譜の中の音楽ではない、本当に難しいもので、真尋さんの戸惑いをまた私も感じとる。自分の気持ちを表現してみようと言う三上先生の言葉に患者さんたちと同じく私もドギマギする。悲しく思っている気持ちなどを簡単に話しだせる訳もなく、触った事のない楽器たちを前にモゾモゾしている。

 初めはひんやりとして緊張している楽器と患者さん、それでも怖々と触っているうちにゆっくりと楽器が手に馴染んでくる。どうにか形にしようと頑張る内に、ほんの少しずつ力が抜けて行く様な音が聞こえてくる。この感覚はコンサートで味わう感覚と似ているなと思いました。始まりは手足がびっくりするほど冷たく緊張していて、一番最初の一言を歌い始めるのが怖い。なんだか耳も遠くなってきて自分の声が小さく小さく聞こえる。でも、サポートしてくれているミュージシャンの温かい楽器の音色が段々と体に馴染んできて、歌う事が嬉しいと思う感覚が戻ってきます。

 セラピーのサポートをする中で、自分に投げかけられる言葉を真尋さんは受け止めようと悩み考えていく。患者さんは今嫌な思いをしていないだろうか、自分のせいでセラピーを台無しにしたくない、と考えて動いている。この人はなんて優しい人なんだろうと思いました。でも、その彼女も愛情に飢える人であるということに、同時に寂しさを感じました。

 本の中から流れてくる音を聞いてみたいと思う……弾く人の心のこわばりはどんな音になるのか……私はどんな風に彼らの音を聞くことが出来るのか……真尋さんには私の歌がどう聞こえるのだろうか。

「治すときは誰もがせっかちになるのに、病んでいくときはみんな気が長い」と辛抱強く患者さんの言葉を待つ三上先生は、少し責める様にそう言った気がしました。周りの人達との不安定な関係の中で起こることに対して、自分を責めて我慢をしてしまう不器用で器用な人たちにとって、セラピー(音楽会)は、自分の為に出来る優しさだと思いました。

 自分の心に優しくするきっかけを作ること、それを三上先生や真尋さん、楽器たちがお手伝いしている。同時に真尋さんも他人と関わること、自分の世界から少し出てみる練習をしている。どうかそのまま、そのまま進んで行ければいいのにと願った私は単純なのでしょうか。読み終わった後に、どうしようもなく何かに触りたくなって、ウクレレを弾いてみようか……コーヒーを入れてみようか……色々と手を伸ばしてみてから結局、大好きな曲をかけながら歌を歌った。どうか優しい言葉が、優しい音楽が、貴方を癒すきっかけになります様に……。


書影

香月夕花『見えない星に耳を澄ませて』


香月夕花『見えない星に耳を澄ませて』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000160/


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