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レビュー

モブをモブで終わらせない、お江戸ドール・ミステリー『あしたの華姫』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者: 越谷オサム / 小説家)

 広く知られていることだが、「人形」を意味する英語【Doll】は、【Idol】(偶像/崇拝される人[物])をその語源に持つ。ラテン語由来の接頭辞【Id】(それ/その)が音韻変化で【D】の1音に縮まり【Doll】という独立した単語となった経緯は、ここであらためて説明するまでもないだろう。

 というインテリ気取りの書き出しはいま私がでっち上げたものであって、冒頭142文字そっくり出鱈目なのですが、本書『あしたの華姫』と前作『まことの華姫』を読めば、これらまったく無関係な二つの単語「ドール」と「アイドル」との連関を想像したくなる気持ちもお察しいただけるのではないでしょうか。

 畠中恵さんの“華姫”シリーズがどんなお話なのか、私が説明するよりもよほどわかりやすい文章が『あしたの華姫』第二話「二人目の息子」にありますので、そのまま抜き書きして先輩作家の仕事に甘えることとしましょう。

 その人形は、身の丈四尺と六、七寸。男が一人で動かすのは大変そうにも思える、大きな姫君の木偶人形であった。
 人形の相棒として、地回り山越の小屋で働いている月草は、己がこしらえた姫様人形を、お華と呼んでいる。月草は、口を動かすことなく、様々な声音で語れる芸人で、己とお華の二人で舞台をこなし、日々、客を楽しませていた。
 もっとも、達者な芸人や、珍しい出し物は、両国には他にもある。その中でお華が目立ってきているのには、芸以外の訳もあった。
“まことの華姫”
 お華は両国で、そう呼ばれているのだ。
 華姫の目は、真実を語ると言われた“真の井戸”の、不思議な水から出来ていた。だから。
“まことの華姫は、水の眼で真実を見て、まことを語る”
 そういう噂すら、両国では耳に出来た。

 という、ちょっと不思議で風変わりなコンビが活躍する連作短編集です。


まことの華姫

第1作『まことの華姫』


“水の眼で真実を見て、まことを語る”といっても、オカルト的な能力でビシッと犯人や事の真相を言い当てるわけではありません。月草も、そしてお華自身も、真実を見通すことなどできないと客の前で繰り返しています。また、いざ謎を探るにしても聞き込みという地道で堅実な捜査手法が採られることが多いのですが、ここで大いに力を発揮するのがお華の人間力(というか人形力)です。気弱で生真面目な芸人月草が一人で訪ねて行ったところで門前払いを食わされてしまうような聞き込み先でも、相棒のお華はまるで生きているかのような江戸前アイドル仕草と巧みな話術でたちまち相手の懐に飛び込んでは重要なヒントを聞き出し、やがて“まこと”にたどり着きます。

 もっとも、巧みな話術を実際に用いているのは月草なのですが、どうもこの青年、お華モードで話すときは人格までお華になってしまうのか、それとも操っているはずのお華に逆に操られているのか、声を発している自覚も薄いようです。ですからときどき、客がいない所でもお華とディスカッションをしたりしています。

 こういった、芸と素顔の境界が曖昧なディグり甲斐のある二人ですから、熱狂的なファンがつくのも道理です。「お華追い」と呼ばれる彼らは月草の小屋に日参し、客席からさかんにお華に話しかけては反応をもらって無邪気に喜んでいます。その様子はまさにアイドルとそのオタクたち。

 現代のドルオタが(一部の洒落にならない人々を除いて)アイドルを生身のフィクションと弁えつつ支えているように、お華追いたちもお華は月草が操り、声を当てている木偶人形である事実を充分に弁えています。弁えてはいますが彼らのお華に対する忠誠心は二十一世紀のドルオタ以上に高く、運営(=月草)との関係もきわめて良好です。


あしたの華姫

『あしたの華姫』


 前作『まことの華姫』では「お華追い達」とひとまとめに括られていた彼らですが、『あしたの華姫』では活躍の場が増えるに従い各自名前も明らかになり、それぞれ意外な特性や属性も披露します。ただのモブではないのです。

 ここが素晴らしいと私は思うのです。モブをモブで終わらせない。登場人物の一人ひとりが血の通った人間であることを作者が忘れていない。

『まことの華姫』には月草の過去にまつわるエピソードが比較的多かったのですが、今作では月草たちも世話になっている地回りの親分・山越の後継者問題が浮かび上がってきます。強面の山越にはお夏という溺愛してもし足りない娘こそいるのですが、息子がいないのです。「それじゃあ」とよそから婿を取ろうにも、お夏はまだ十三歳。木偶人形のお華がいちばんの友という少女少女した少女です。

 家は男が継ぐのが常識だった時代のことですから、男子の不在は大問題です。いえ、血を分けた息子が実際には二人ばかりいるにはいるのですが、彼らのどちらかをポンと後継者に据えるわけにはいかない事情もありまして、どういう事情かと申しますと……、これについては本編を読んでもらわなくっちゃ始まらない。

 後継者問題という生臭くなりかねないテーマを扱いながらも物語が前作と変わらぬ軽やかさを保っていられるのは、お華と月草のコンビのおかしさや屈託のないお夏の明るさ、そして、待ってましたとばかりに江戸の町を駆け巡りだしたお華追いたちを活写する作者の目配りのおかげなのだろうと、読みながらそんな具合に考えた次第です。

 ちなみに、調べてみたところ【Doll】の本当の語源は人名【Dorothea】の愛称【Dolly】なんですって。そして【Dorothea】の語源はというと、「神の贈り物」という意味のギリシャ語なんだとか。
神の贈り物とは、“真の井戸”の不思議な水からできた目を持つアイドル・ドールにおあつらえ向きの謂われではありませんか。

畠中恵『あしたの華姫』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000325/


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