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レビュー

この世界の主人公ではないけれど自分の人生の主人公である——昆布山葵『同じクラスに何かの主人公がいる』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!

昆布山葵『同じクラスに何かの主人公がいる』(KADOKAWA)

評者:吉田大助



 二〇一〇年代の先行き不透明すぎる日本社会を生きる、とある若者はネット上でこう呟いた。「人生無理ゲー」。ゲームバランスがあまりに悪く、難易度がバリ高で攻略不可能、というような意味だ。人生にリセットボタンがない、なんて嘘だ。人は簡単に、自分の意思ひとつで、人生というゲームを終わらせることができる。物語に触れることがそうした心理の防波堤となり得るならば、描かれるべきは次のようなアクションだ。主人公がリセットボタンではなく、コンティニューボタンを押す。

 小説投稿サイト「小説家になろう」に発表された作品を書籍化した、昆布山葵の『同じクラスに何かの主人公がいる』は、ある日突然、この世界がフィクションの物語であり、自分は登場人物の一人だった……と気づいてしまった十五歳の高校生・二宮蒼汰を語り手に据える。自他共に認める「平凡」の塊である二宮は、〈この世界の主人公ではない〉。脇役、モブだ。主人公の役を担っているのはたぶん、クラスメイトの神宮寺流星。物語の序盤は、その仮説を検証する様子が描かれていく。

 神宮寺は普段は普通にいい奴なのだが、脈絡なしに教室から飛び出していったり、帰ってきたら大怪我をしていたり、主人公っぽいモノローグをぶつぶつと呟く癖がある。何より恐ろしいのは、そうした奇妙な言動に対して誰もツッコまないこと。フィクションゆえの、御都合主義が発動しているせいだ。けれどもなぜか、「平凡」代表の二宮だけはクールに観察できてしまう。それゆえ二宮の内面には、神宮寺に対するツッコミが溢れている。その内なる言葉がぽろっと口からこぼれ出て、本人の耳に入ってしまったからさあ大変。「主人公の秘密を知る友人」という地位に引っ張り上げられたら、平穏な日常がぶっ壊れてしまう! しかし、我慢できずについ口を衝いて出る言葉の数々が、ことごとく面白い。

 二宮のツッコミは、ネタ密度満点かつ高打率のギャグであると同時に、物語と現実(リアル)にまつわる批評だ。キラリと光る考察が、二ページに一回は必ず出現する。例えば、神宮寺が怪物とのバトルシーンで、「……やったか!?」と叫んだことに対し、「ウッソだろ!? なんでそんなこと言っちゃうの!?」とおかんむり。〈ここはフィクションのお約束が現実に起こるイカれた世界。「やったか!?」は復活呪文みたいなものである〉。神宮寺は常に主人公らしく振る舞っているわけではなく、いわばカメラの録画スイッチがオンになった時だけ、熱血系の暑苦しい男になる。つまり正義のヒーローにだって平常運転はあるという真実を、「主人公スイッチ」という概念で逆説的に表現するセンスには激しく膝を打った。

 二宮は自身の取り巻く環境をすんなり受け入れすぎていて、世界がこんなふうであることに対する怒りや悲しみ、絶望が足りない、という感想を抱く人もいるだろう。でも、そうした人物として描かれているからこそ、この世界の創造主と会った時の、彼の決断により重みが感じられる。二宮蒼汰はこの世界の主人公ではないけれど、自分の人生の主人公である。本作は、そのことに彼が気づく物語である。とにかく、ゲラッゲラ笑わされる。そして、最後はびっくりするぐらい、感動させられる。

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