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ふたりの武士、ふたりの生き様。感涙必至の骨太歴史長編!『西郷の首』解説

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:おお としあき / ジャーナリスト)

 武家屋敷が残るかなざわながまちせん家がある。昭和4年4月、千田のりふみが81歳で息を引き取ったところである。部屋もそのままだ。その庭は日本三大名園のひとつ、けんろくえんを模して造られており、市内を流れるおおしよう用水を引き込んだ珍しいもので、市の指定文化財とされている。

 千田登文はこう4年藩の下級藩士、かさまつ家に生まれた。幼名はぶんろう、後にしんざぶろう、元服して登文と名乗った。15歳で千田家の養子となり、けいおう3年にはまえよしやすしてじようらくしている。翌明治元年には官軍としてながおか方面に出陣し、ほくえつ戦争に従軍した。その後、陸軍に入り、金沢の歩兵第7れんたいの初代聯隊旗手となり、同10年には西せいなん戦争に従軍して、鹿児島のしろやまで自刃した西さいごうたかもりの首を発見するという偉勲をたてた。さらににつしん戦争、にち戦争にも従軍して功績を重ねた。

 その千田登文が晩年、陸軍に提出した履歴書の下書きが千田家にのこされているのを知り、平成24年秋、私は千田家を訪ねて、履歴書を手に取った。そして遺族の同意を得て、履歴書を読み解いて世に問うたのが拙著『西郷隆盛の首を発見した男』(文春新書、平成26年刊)である。

 拙著は履歴書を解説してしん、西南、日清、日露の戦役を戦った武人とその家族のファミリーヒストリーであるが、本書『西郷の首』は千田と彼の竹馬の友で、おおとしみちを暗殺したしまいちろうの物語である。


書影

伊東潤『西郷の首』
定価: 990円(本体900円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


 主人公の文次郎(千田登文)と島田一郎は竹馬の友だが、そこにはもう1組の竹馬の友が登場する。西郷隆盛と大久保利通である。

 千田と島田は、ともに北越戦争に従軍した。その千田が西南戦争で自刃した西郷の首を発見し、島田は西郷の竹馬の友であり、明治維新を成し遂げた同志である大久保を暗殺したのである。そして島田はざんけいに処された。本書はこの4人の不思議な糸を軸に組み立てられている。

 明治4年、廃藩置県となり、藩は消滅した。千田は自由民権運動を行う金沢のちゆうこくしやに参加したが、そこを辞めて、陸軍の教導団(下士官養成学校)を受験して合格し、軍人の道を歩むことになる。履歴書には島田一郎が1カ所だけ登場する。

「此時、嶋田〈ママ〉一郎(大臣大久保利通ヲ暗殺セシ人ナリ)等、竹馬ノ友タルヲ以テ登文ニ県下ニ在テ忠告社ノタメ、国益ヲ計リ、儔(とも)ニ民権ヲ主張シ、旧藩士ノ基礎タラン事ヲ勧告ス」。

 千田は「竹馬ノ友」である島田から、ともに自由民権運動をやり、困窮する旧藩士の生活の基礎を築こうと誘われるのである。この時期、士族たちの生活は窮乏をきわめていた。島田は新政府の厳しい措置に義憤を感じており、親友の千田に、ともに新政府に立ち向かうことを呼びかけたのである。「竹馬ノ友」と書いたということは、これ以上の親しさはないということであろう。しかも、同志として、島田は千田を誘った。しかし、千田は首を縦に振らなかった。島田は意外であったかもしれない。

 履歴書には「(私は)性質、文官ニ適セズ、加ウルニ文学ニ乏シ」いので、陸軍に入った、と記されているが、それはけんそん、あるいは言い訳で、島田らの行動にある種の危うさを感じていたのではあるまいか。この辺の深謀遠慮の千田とちよとつ猛進の島田の性格の書き分けも本書のモチーフのひとつになっている。

 もし、このとき、「竹馬ノ友」の誘いに乗っていたならば、千田も大久保暗殺に加わったのであろうか。

 明治10年、西郷が挙兵したとの報が金沢にもたらされると、西郷軍に合流するべく旧藩士の一団が鹿児島に向かおうとした。それを聞きつけた最後の藩主、前田慶寧は懸命な説得を行って鹿児島行きを断念させている。おそらくはこの中に島田や、後に大久保暗殺に加わるちようつらひですぎむらぶんいちらもいたであろう。

 反政府運動に走る島田、新政府軍の幹部として秩序を重んじる千田、ここにきて2人の仲は決定的なものとなっていく。

 新政府に「物申す」として鹿児島で挙兵した西郷、新政府の代表としてだん討伐を指揮する大久保。この2人も「竹馬ノ友」であり、幕末から明治維新にかけて、同志として行動を共にしたものの、その後、たもとを分かって、大きく運命を転換させていく。

 本書に登場するさわひやくさぶろう(履歴書では銆三郎)、ふじかけくらみやざきえいろうがわせんすけらは履歴書に書かれている実際に存在した人々である。歴史上はまったく無名だが、著者の手によって自在に動き出す。

 北越戦争について、履歴書は淡々と記すのみだが、本書では激しい戦闘の様子が20ページにわたって記述されている。その詳細さはあたかも戦史を読むがごときである。著者は「加賀藩北越戦史」を丹念に読み解き、戦闘の再現に成功している。

 履歴書では「姉むこ、澤田銆三郎うちじに(ママ)ス」とあるだけだが、著者の手にかかると、百三郎、千田、島田は3人で長岡藩兵と戦い、百三郎は敵の銃弾を腹に受け、千田に抱えられながら死んでいくことになっている。まことに躍動的で、著者によって命を吹き込まれている。

 本書には前田なりやす、前田慶寧、たけこううんさいふじろうといった歴史に名をとどめた人物も多く登場するが、これら有名、無名の人々がなんのわだかまりもなく、ともに呼吸して時代を形作っていく。履歴書では平面的な存在が、立体性を帯びてくるのである。それが歴史小説のだいであろう。歴史は著名人だけで構成されるものではない、ことが納得させられる。

 本書のクライマックスは大久保暗殺だろう。その描写もリアルで詳細だが、本書では文次郎が一郎らを止めに上京する。しかし、間に合わない。そして一郎ら6人は暗殺に成功する。

 大久保暗殺事件について、多くの小説、論評は、島田らをていのテロリスト、あるいは不平士族のごろつきのように描いてきた。しかし、現実の島田らにはしっかりとした思想、意思があり、単なるテロリストではない。島田は情に厚い人物であり、正義漢であり、没落していく士族たちを見捨てられない心優しい男でもあった。

 犯行後の自首、取り調べに対する堂々とした態度、そして従容として死を受け入れる。

 本書では文次郎を処刑場の待合室に座らせている。

 2組4人の男のうち、こうして3人がこの世を去り、文次郎は昭和の時代まで生き続ける。

 私には、もし千田が西郷の首を発見しなかったならば、西郷生存という都市伝説が生まれ、島田らは大久保を殺すことはなかったのではないかという思いがある。それだけ西郷の首発見の意味は大きかったということだ。

 金沢市中心部から東南に約4・5キロのさいがわの左岸にある標高175メートルのやまは頂上付近には藩祖、前田としいえをはじめとして歴代藩主とその家族の墓所があり、その下には身分に応じて藩士の墓が並ぶ。全山が墓で埋め尽くされている。千田の墓は野田山の約500メートルほど西北のさつだいじようにある。そして島田の墓は野田山墓地の入り口の前に他の5人の同志とともに建てられている。犯罪者であるから、野田山墓地には入れないのだが、6基の墓は大きく立派で、そこには何と、「明治志士の墓」と刻まれている。

 金沢の人々は、犯罪者である島田らを野田山の墓域に葬ることは遠慮したが、堂々たる墓石をもって、彼らの死にこたえたのであろう。

 千田と島田の墓は距離にしてわずか400メートル。維新後の行動は正反対だが、2人には共有される情熱があったに違いない。400メートルはその近さを表しているようにも思える。かたや鹿児島のなんしゆう墓地の西郷の墓と東京・あおやま霊園の大久保の墓の遠さはどうであろう。2組の「竹馬ノ友」の墓の距離は雄弁である。

伊東潤『西郷の首』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000150/


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