〝月〟は、古代から人間の生と死の営みを見つめてきた身近な存在であった。太陽に対する位置関係によって新月・上弦・満月・下弦・月蝕等の位相現象が生じるわけだが、それらは人の生と死の営みの比喩や象徴として活用されてきた。和歌で好んで使われる「花鳥風月」「雪月花」は代表的な例と言える。
 作者は「葵の月」に触発され〝月〟に着目し、想を練った。その結果、出来上ったのが事件に関った登場人物の現在を、月の現象で包み込む手法である。この狙いは多大な効果を発揮した。
 例えば、次の二編は〝月〟のモチーフが、巧みに活かされ圧巻の出来である。「月日星――水沢孝安」は、謎を追う孝安の思考と行動を丁寧に描くことで、良質のミステリーに仕立てている。特に、月日星の意味に気付く条りは、物語が佳境に入りつつあることを告げる仕掛けとなっている。「月隠り――池原雲伯」は、本書の中で最も緊迫感の溢れた優れた章である。毒に魅せられた権勢欲の強い雲伯の異常な生きざまを〝月〟が持っている〝陰〟のイメージを月こもりとして、それをモチーフに人物造形するという手法が生々しい印象を引き出す結果につながっている。雲伯は実在の人物だけにリアルさが際立っている。
 では、作者は本書で何を伝えたかったのであろうか。それを考えてみよう。本書が三つの手法を駆使することにより、時代を想像力のレベルに移し替え、埋もれていたかもしれない真実を再現したものであることは確かである。
 真実とは何か。作者はいくつかの問題を仕込んでいる。一つ目は、継嗣問題の陰で蠢く権力争いの構図である。その構図の末端には上役の命令で謀略に加担する人間がいる。さらにその謀略の犠牲となる社会的弱者がいる。二つ目は、権力者がいくら隠そうとしても〝秘密〟は露顕する。人の口を媒介して秘密は拡散する。いずれも現代と変わらぬ人間の習性である。
 要するに、作者が描きたかったのは、勝者によって書かれた歴史に対し、無名の人々を歴史(事件)に参画させることで、小説が描き出す世界がより真実に近いかもしれないという可能性である。この可能性を説得力のあるエピソードで綴ることが時代小説の持つ現代性と言っていい。
 本書を含めた一連の作品で、作者はその可能性を広げてきたのである。作者登場の意味はそこにあると考えている。本書によって作者の独特の小説作法はさらに円熟味を増しつつあることが証明されたのである。


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