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レビュー

アジア主義の呪縛『移民 棄民 遺民 国と国の境界線に立つ人々』

 私が安田氏と初めて対面したのは、2014年11月、寺島文庫塾アジア・ユーラシア研究会主催の定例研究会の席であった。私たちはともに報告者として招かれた。このとき、すでに安田氏は、中国辺境に居場所を求めた日本人の生き様を追った『和僑 農民、やくざ、風俗嬢。中国の夕闇に住む日本人』(角川書店、2012年)や、近年の日中問題についてわかりやすく論じた『知中論 理不尽な国の7つの論理』(星海社新書、2014年)を上梓していた。私は、まさに今をときめく新進気鋭の中国論者、安田氏に一目会えたことに胸を躍らせた。
 そして、安田氏の活躍は現在も留まるところを知らない。2018年には、天安門事件に関与した人々のその後を追った『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA、2018年)が、人物像を描いた優れた作品に贈られる「第五回 城山三郎賞」を受賞した。
 私が安田氏に感服するところは、今の中国の諸問題を見つけ出す確かな目と、類まれなる取材力である。検索サイトで安田氏の名前を打ち込めば、彼が現地取材をもとに書き上げた中国関係の記事がいくつもヒットする。
 中国近現代史をおもな研究テーマとしている私は、中国に行っても歴史資料のある檔案とうあん館や大きな書店のある北京や上海といった大都市しか回らない。そんな私から見て、大都市であろうが辺境であろうが、中国の今を見るために労を厭わず取材に足を延ばす安田氏には、まったく頭が下がる。

 今回、編集部が本書文庫化にあたり、なぜ私を解説執筆者に選んだのか。それは、私が傀儡かいらい政権という、中国近代史のなかでもマージナル的な要素をもつ問題を研究していたからであろう。ここでいうマージナルとは、安田氏も本書でベネディクト・アンダーソンのことばを借りて定義しているが、さまざまな政治的理由のもと、既存の文化習俗、または宗教的つながりのある集団や地域を分割するように作られた後付けの「境界」をいう。
 満洲事変後、日本が本格的に中国侵略を始めると、広大な占領地を支配するため、親日的な中国人を指導者にして傀儡政権を成立させた。当然ながら、その中国人指導者は、背後にいた日本人の意のままに操られていた。傀儡政権の誕生により、そこには、中国のようで中国でない、日本のようで日本でない「境界」が生まれた。
 しかし、傀儡政権の例に留まらず、アヘン戦争から人民中国建国までの中国近代史を振り返れば、まさに「境界」のせめぎ合いの歴史であったと言えよう。
 19世紀なかば、中国進出を狙うヨーロッパ列強は、アヘン戦争で中国がイギリスに敗れると、不平等条約を結んで上海や香港など大きな港町を租借し、拠点となる租界を開いた。そこは中国の支配が及ばない地域であり、人工的に明確な「境界」ができあがった。
 1911年、辛亥革命が勃発し、まもなく清王朝が崩壊して中華民国が中国を統一した。しかし、実際には南京を本拠とする孫文ら革命派と、清帝溥儀ふぎを廃位に追い込み、北京に居座った袁世凱の勢力に二分された。その分裂も袁世凱によって統一されたが、1916年、袁が亡くなると、彼のもとで各地を軍事的に支配していた軍閥が争いを始め、それぞれの「境界」がぶつかりあった。そして、1920年代に入ると、新興の中国共産党が農村で革命根拠地を建設し、「境界」の中にさらに「境界」が生まれた。
 先に述べた満洲事変以降の日本の中国侵略は、中国に異なる「境界」を広げた最たるものであった。その日中戦争が終わり、日本が作った「境界」は消え去ったが、今度は国共内戦が勃発し、今日でも「境界」は台湾海峡に横たわっている(中国共産党は「ひとつの中国」と称して、台湾中華民国との「国境」という「境界」を認めていない)。
 これに対し日本では、幕末の不平等条約によって横浜や神戸などに外国人の住む居留地が置かれたが、国民国家としての大枠が形作られたため、中国のような国家を四分五裂する「境界」ができることはついになかった。そのため、明治維新を達成した近代日本人にとって、常に「境界」の変更を迫られた中国は、安定しない国、国民国家の成立しない遅れた国として映った。
 たとえば、大正時代初めに旧清朝王族を擁して満蒙独立運動を起こした川島かわしま浪速なにわという人物がいる。清朝の皇女で、戦前日本軍の工作員として活動し、「男装の麗人」の異名をとった川島芳子よしこ(中国名金璧輝きんへきき)は、彼の養女にあたる。川島浪速は、1912年に中華民国が成立してからも、国内で対立を続ける中国人(特に漢民族)を砂ということばを使って次のように表現した(引用文中の旧字体は新字体に改めた)。

「夫れ砂の性たるや、其個体を検すれば固結石の如く、自体を保守するの力強固にして、容易に砕けず。是れ支那人が利己的観念極端に発達して、自家の利益を保衛するの能力は、到底邦人の及ぶ所にあらず。然れども砂は、其個体が余りに堅固なるが為に、粘着力全く消滅し、多数を引寄せて之を結ぶも、遂に団結体を作ることを得ず。是れ支那人が人種として一種の能力を有するに拘らず、国民として全く資格の欠乏せる所以なり」

川島浪速「対支管見」1914年再版〔會田勉『川島浪速翁』、文粋閣、1936年所収〕。初版は1912年

 川島は、中国人は自分の利益だけに固執するが、砂のようにばらばらでひとつにまとまらないため、国家を作る国民にはなれないと酷評した。
 その一方で川島は、日本人を粘着力のあるセメントになぞらえ、「一旦集合団結せば堅強なる物体と為る。是れ其体小なりと雖も、能く大なる物体と衝突して、却て彼を傷くる所以にして、此粘着力こそ帝国の生命なり」(同上)と、その団結力を讃えた。
 川島のような近代日本人に、このような日本観と中国観を植え付けた原因は何だったのか。そのひとつとして考えられるのが、明治時代後半頃から日本で主張されるようになったアジア主義であった。アジア主義とは、ヨーロッパ列強のアジア進出に対抗するため、アジア諸国の連帯を謳った思想をいう。はじめは、アジア諸国の横のつながりを重視する意見もあったが、次第に、アジアでいち早く近代化を果たした日本を中心とする連帯の結成へと考え方が変わっていった。
 その結果として生まれた思想が、天皇を頂点に全世界がひとつの家のように調和しまとまるという「八紘はっこう一宇」であり、さらに、日本をリーダーに東アジア諸国民の共存共栄を説いた「大東亜共栄圏」であった。これらの思想が、東アジアの人々に大きな被害をもたらし、不幸な「境界」を生んだことは、言うまでもない。

 本書で安田氏は、日本人がマージナルななかで生きる東アジアの人々に対する態度について、次のような鋭い指摘をしている。すなわち、日本人は彼らに対し、無意識に傲慢な態度で出たり、「かわいそう」かどうか、「親日」かどうかですぐに彼らのことをわかったつもりになる。しかし、それは彼らを潜在的に自分たちよりも格下に置き、差別だけでなく、無責任な指導や同情の対象にしているのではないか、と。これは、まさに私たち日本人が、敗戦から半世紀以上たっているにも拘らず、いまだに不幸の元凶であるアジア主義を捨てきれていないことの証左ではないだろうか。本書を読み進めていくと、それを証拠づける事例がいくつも出てくる。
 そのひとつが、安田氏が元ベトナム難民のチー君に話を聞く際、無意識に彼をアイデンティティに悩む難民二世の少年で「かわいそう」な人と見てしまっていたことである。これまで多くの外国人を取材している安田氏でこれだから、私たち一般人は言わずもがなである。
 同情的になっているだけならまだよいのかもしれない。やっかいなのは、彼らに同情の目を向けているふりをして、実は彼らを自分たちの欲望やイデオロギーのための道具に使っている場合である。本書第二章から第三章の在日ウイグル人問題で登場した「情念派」の保守系グループが、それにあたる。彼らが支援と称して、在日ウイグル人を背後から都合よく利用した行為は、戦時中に日本が中国で傀儡政権を操っていたことと変わらない。
 古来、異民族の侵入をたびたび受けてきた中国では、異民族に寝返ることを民族の裏切り者という意味の「漢奸かんかん」と呼んで蔑んできた。傀儡政権の首班となった中国人も「漢奸」として、今日でも批判を浴び続けている。しかし、本書の殷汝耕いんじょこうの例にあるように、「漢奸」とレッテルを貼られた彼らも、彼らなりの論理で日本の侵略を受けている中国を何とかしようとした。その思いにつけ込んだのが、アジア主義的発想の日本人であった。
 1943年11月、日本の勢力下にあった東アジア諸国の代表が東京に集まって、「大東亜会議」が開催された。その代表のなかには、元中国国民党ナンバー2で、中国南京に傀儡政権を成立させたおう兆銘ちょうめいがいた。
 会議では、日本があらかじめ用意した「大東亜共同宣言」が採択され、欧米植民地からの脱却と東アジア諸国の連帯が謳われたが、これは日本を中心とする「大東亜共栄圏」の追認にほかならなかった。
 このような日本の試みは失敗に終わり、今日でもさまざまな禍根を残している。「歴史は繰り返す」というローマの歴史家のことばを是とするなら、現在の在日ウイグル人問題も、後にどうなるかは想像できよう。

 昨今、日本では海外でも通用するグローバル人材の養成に躍起となっている。そのムーブメントは、2020年に東京オリンピックが開催されることになり、さらにヒートアップしている。しかし、およそ100年前にできたアジア主義から脱却できていない日本人が、グローバルな舞台で活躍できるとは到底思えない。
 今後、私たち日本人はどのように世界と向き合えばよいか。グローバルとお題目を唱える前に、まず日本人はいまだにアジア主義を引きずっていることを自省すべきではないか。本書は、そのことを私たちに気づかせる啓蒙書となろう。



書誌情報はこちら≫安田 峰俊『移民 棄民 遺民 国と国の境界線に立つ人々』


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