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レビュー

カフカ由来の奇想を出発点としながらハリウッド流エンタメの王道を突き進む 『地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険』(早川書房)

物語は。

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そえだ信『地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険』(早川書房)



 第一〇回アガサ・クリスティー賞大賞を受賞した『地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険』(そえだ信)は、次の一文から実質的な本編が始まる。〈ある朝、落ちつかない夢から醒めたとき、鈴木勢太は一台の小さな機械に変わってしまっている自分に気がついた〉。何に「変身」したのかは、タイトルの段階でネタバレだ。ずばり、ロボット掃除機。

 五感のうち聴覚だけしか利かないロックトイン状態から、少しずつ「機能」を理解していく冒頭のシークエンスであっという間に心を掴まれる。念じることで頭上のカメラを起動し、開発メーカーの社長が遊び心でつけたマジックハンドを動かし、内蔵のCPUを利用してWi-Fi接続でネット検索を実行。するとネットニュースで、自分が北海道小樽市で交通事故に遭い、市内の病院に意識不明状態で入院していることを知る。今いる部屋は、札幌市内にある誰かのマンションの一室、らしい。隣の部屋に出向いてみると、密室状態で中年男性の刺殺体が転がっていた――。

 そこから先が、密室もののミステリーならではの展開に進まないところが面白い。三三歳の刑事である「俺」にとって何よりの気がかりは、姉が遺した小学五年生の娘・朱麗の存在だ。DVにより執行猶予中の元義父が、自分のいない間に略取を企てるかもしれない。入院中の自分の体のそばにいる娘を守るためには、この部屋を出なければならない。そのための策を練り、旧知の刑事をメールで呼び寄せ、ドアの鍵を見事開けさせるのだ。やがて「俺」は札幌から小樽へ、三〇キロの道のりの走破を試みる。時速一・八キロの超鈍足で。

 カフカの『変身』のパスティーシュかと思いきや、道中で人間には決してバレてはいけないこの感じ、『トイ・ストーリー』の要素も入っている。道中の数々のトラブルが、きっちりミステリー仕立てになっているところもポイントだ。とにかくこの物語、ネタ密度が濃ゆいのだ。新米父ちゃんと血の繋がらない娘の関係性のドラマ(忘れがたき肉じゃが!)も、名場面が多い。

 今『トイ・ストーリー』を例に出したが、直接的に下敷きにしている作品は、同じくピクサー(&ディズニー)製作のアニメ『ウォーリー』だろう。あちらは二九世紀の地球でたった一台だけ生き残ったゴミ処理ロボットが主人公であり、終盤でSF要素が加速度的に盛り上がっていくが、こちらは終盤で一気に本格ミステリーとしてのギアが上がる。一連の解決は抜群にフェアで、高品質だ。が、ここではあえて別のジャンル名を主張したい。

 本作は全二八二ページという長すぎず短すぎない、長編として程よいボリューム感を採用したうえで、ちょうど一〇〇ページ目(の見開き)で真の冒険が始まり、ちょうど二〇〇ページ目(の見開き)で世界がガラッと変わる事件が起こる。その他の細部を眺めてみても、ハリウッドの脚本家シド・フィールドが理論化した、いわゆる三幕構成と自覚的に向き合っていることは明らかだ。そして、大成功を収めている。つまり本作は、優れた奇想を出発点としながらも、ハリウッド流エンターテインメントの方法論にのっとって作られた、老若男女すべてが楽しめる、「どエンタメ」だ。

あわせて読みたい

今村夏子『木になった亜沙』(文藝春秋)


私が手渡すものを誰も食べてくれない。少女は杉の木に転生し、わりばしとなって青年の口へご飯を運ぶ(表題作)。人から投げつけられるものが決して当たらない。女は屋台の射的の人型の「的」に変身し、初めての幸福感を得る(「的になった七未」)。ピュアネスを描き続ける芥川賞作家の恐るべき短編集。


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