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レビュー

「柴田錬三郎に比肩しうる」。時代小説の目利き菊池仁が驚いた『早替わりで候 音次郎よんどころなき事件帖』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:きく めぐみ / 文芸評論家)

 無邪気に楽しく読めたというのが率直な感想である。理由は時代小説ならではの面白さを満喫できたからである。着想のユニークさは群を抜いている。加えて、しばれんざぶろうやすすけなんじようのり等の伝奇的手法を駆使したヒーローものの名手に比肩しうる内容となっている。特に豊かな物語性及びエネルギーあふれた登場人物の生き様を生き生きと描き切る筆力に脱帽である。作家としての懐の深さを感じた。正直、まだこの種の本格的時代活劇を書ける作家がいたことに驚いているところだ。しかし、作者の経歴と作品を読んでその疑問は氷解した。ホームグラウンドが児童文学ということで、筆者の方が不案内だったのであった。

 作者は一九七八年『たんばたろう』で第二回毎日童話新人賞を受賞し、デビューを飾った。八九年『京のかざぐるま』で第二十九回日本児童文学者協会賞、二〇〇五年『なまくら』で第四十三回野間児童文芸賞を受賞している。児童ものでは良質な作品を多く世に送り出してきた大ベテランである。特に『なまくら』は幕末から明治初めの京都周辺を舞台に、時代の変化とは関係なく懸命に生きる少年たちを描いた傑作である。彼らの生き様を凝視し、克明に刻んだ作家としてのスタンスにかれるものがあった。児童向けの時代ものも多く手掛けており、中でも伝奇的手法を取り入れたヒーローものの「凜九郎シリーズ」と、スケールの大きな冒険ファンタジーものの「あおき戦記シリーズ」は、豊かな物語性を得意とする作家の資質が遺憾なく発揮されていた。


書影

吉橋通夫『早替わりで候 音次郎よんどころなき事件帖』


 前置きはこのくらいにして本題に入ろう。本書は残虐な暗殺場面で幕が開く。つかみもいい。これが序章で第一章は、主人公・おとろう(本名そうろう)がりようごく座の舞台であでやかな芸者姿にふんして登場する。音次郎は役者になりたくて父に勘当されたのである。ところが舞台を勤め終わった音次郎に兄のほうが届く。実家であるふりはた家に帰ると兄の暗殺を知らされ、兄嫁から犯人捜しを懇願される。不幸は重なる。追い打ちをかけるように、老中みずただくにの取り立てで町奉行に昇進したとりいのかみが、芝居小屋を江戸から追い払う政策に乗り出した。兄殺しの犯人捜しと両国座受難と二つの難題を抱えた音次郎はどう闘うのか。これが物語の動線となっている。

 作者はこの動線に様々な意匠と工夫を施している。それが読みどころとなっており、その最大の点は主人公の人物造形で見せた設定のうまさにある。作者のモチーフは本格的なヒーローものを書くことにあったのではないか。実は、二〇一九年に『ずくなし半左事件簿』(角川文庫)を刊行している。若き郡方見習い同心が主人公の成長小説で、〈ずくなし〉という命名に作者の工夫があったのだが、物語の起伏が乏しく、地味すぎるという感想を持った。これは勝手な推測だが、本書では手に汗を握り、かたむような面白さと、そうかいかんに溢れた物語を書こうと思ったのではないか。なおつ市井人情ものをしのぐようなもの。それにはヒーローものしかないという結論に達した。この分野は文庫書き下ろし長編小説の中でも最も手薄なジャンルである。そのための工夫の第一として音次郎を旗本の次男とし、窮屈な身分から抜け出せる自由な身に設定した。狙いは時代の制約の中で自由な魂を持った主人公が、理不尽な権力とどう闘ったかを描くことにあるからだ。

 第二は目指すものが役者という点を留意する必要がある。父から勘当された音次郎は祖父の知り合いであった両国座の座元を訪ねる。座元は「お前さんは舞台で映える目をしている。高い声もよく通るし、女形おやまにぴったりだ」とすんなり受け入れてくれた。両国座での三年間の修業で、思い切って大小を捨てて生きれば、今までとは違う世界が見えてくることを教わる。この修業が武士以外の人々に向ける優しい視線となり、ヒーローとしての成長を示している。

 作者が音次郎を役者として設定したのには訳がある。これが本書の肝で、第二章「両国座受難」の冒頭を読むと理由がわかる。音次郎が『おそめひさまつうきなのよみうり』の七役早替わりに全力を注いでいる姿を紹介している。つまり、変化ものを意図したわけでそのための仕掛けといえる。変化ものといえばかみきちゆきじようへん』を想起するが、本書ではもっと手の込んだ仕掛けとして使われている。これが物語の興趣を盛り上げる最大の武器となっている。要するに舞台で修練した七変化が二つの難題解決にどうかされたか。これが見せ場であり読みどころとなっている。現代の歌舞伎ブームを念頭に置いてのものと推測できる。

 その具体的な例を見てみよう。音次郎は魚料理が好きで包丁を持てば板前級の腕前の持ち主である。降旗家で下働きをしているきちが少年時代に伝授してくれたものだ。狙いは二つある。一つは音次郎に板前姿の扮装をさせるためである。情報収集や探索のための重要な手段となる。それには実技の裏付けがないと本物感が出ない。第五章「遠山奉行」に板前に扮した音次郎が登場し、遠山奉行の座敷に板長のお供として料理談義をするために伺う場面がある。名場面の多い本書の中でも強い印象を残すものとなっている。

 二つ目は〈食事の光景〉を持ち込むことである。食べることを書くことは人間の生き方を表現しうる重要な手段で、日常生活の場面に取り入れることで臨場感を演出できる。その代表的な作品がいけなみしようろうふじえだばいあんシリーズ」やひらいわゆみ「御宿かわせみシリーズ」である。文庫書き下ろし時代小説のシリーズでも料理ものは人気が高い。それを視野に入れての仕掛けであろう。一品の料理から時代背景が見えてくるし、登場人物の人物像や生活様式、微妙な心理の動きも表現できる。

 実際、「遠山奉行」では音次郎が魚をさばき、煮付けや盛り付けをしたりして働く姿が活写されている。極めつきは音次郎が発案したエンガワをすしとして遠山に差し出すくだりである。これをきっかけに音次郎は両国座取りつぶしの話題へもっていく。そこで遠山が水野老中や鳥居奉行とは考え方が違うことを知る。この場面には板前に扮装しチャンスを摑んだからには、はしっこの意地と心意気だけは伝えたいと思っている音次郎の心情が、巧みなセリフのやり取りからうかがうことができる。更に遠山の人間観察の鋭さが見え隠れし、これが終盤近くの場面につながる伏線となっている。実に考え抜かれたストーリーで知らず知らずのうちに引き込まれてしまう。

 もう一つ例を挙げよう。音次郎は兄を殺したつじりが役人に捕らえられ、兄の本当の死因が露見することをおそれている。お家のため何としてもそれは避けなければならない。結果、自分がおとりになる決意する。このおとり捜査で威力を発揮したのが七変化である。緊迫感溢れた場面の連続で、事件の真相に確実に迫りつつあるのが伝わってくる。実にうまい使い方でアイデアの勝利といえる。

 最後に取って置きの読みどころを紹介する。本書は剣豪小説としても十分楽しめる。ヒーローもので最も期待されるのは、チャンバラ場面がいかに迫力に満ちているかである。音次郎は一刀流免許皆伝の腕前だが、兄のかたきは居合を遣うくびたんと、信じられないほどびんしような男の二人組で、この二人が次々に襲ってくる。尋常な剣では倒せない。

 チャンバラの面白さは秘剣、つまり、必殺技を駆使する決闘場面にある。これが見せ場となるからだ。見せ場を作るためにはその秘剣がどうやって編み出されたのかという過程がシッカリ描かれている必要がある。

 この点を知り尽くしている作者に抜かりはない。音次郎が二人との決闘を想像し、イメージトレーニングを繰り返し行う場面を用意している。これが音次郎が編み出した秘剣〈月の剣〉誕生の秘話となり、読者を緊張感溢れる面白さへ誘うことになる。

 是非、時代小説の面白さ、楽しさを満載した本書を味わって欲しい。

吉橋通夫『早替わりで候 音次郎よんどころなき事件帖』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000365/


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