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レビュー

博士女子・ただいま就職浪人中……世界に私の居場所はあるの!?『嘘つき相談員とヘンクツ理系女子』

 一読して思った。
 うわあ、居心地のいい世界だなあ。
 このお話って、なんか、とっても、居心地がいい。

 今の世の中とそっくりだけれど、どっかが違う世界。(何たって、この世界の〝職安〟は、ハローワークじゃないのだ。〝職業安定所〟じゃなくて、〝職業安全保障部局〟。何なの、この(いか)つすぎる名称は。)
 その世界で、主人公であるシーノさんは、就職浪人。
 博士号までとったのに。
 それまで、大学院生だったシーノさん、大学に通って、研究をして、奨学金で生活を賄っていたのに……大学出ちゃうと、奨学金は当然なし、生活費は自力で稼がなきゃいけない(その上、奨学金を返済しなきゃいけなくなる)、これで就職ができなかったら、さあ、どうしよう。職安に通っても通っても、シーノさんにお仕事はみつからない。
 この状況で、シーノさんはとても割のいいバイトをみつけるのだ。とある家元の秘書。でも、この〝家元〟がなあ。華道とか茶道とか、剣道とか柔道とか、そういう判りやすいものじゃなくて……〝嘘道〟。由緒ある、〝百歩七嘘派〟の家元なんだそうだけれど……怪しい。あきらかに、怪しい。実際に、看板破りのひとなんかもきちゃうんだけれど……そのひとだって、充分怪しい。
 しかも。この家元は、嘘道の家元だけじゃなく、職安の特命相談員までしているのだ。……怪しすぎないか?

 でも。この世界が、本当に居心地いいのは、確かなのだ。
 落ち着いて考えてみると、なんだかすんごく怪しい世界なのに、織りなされる情景は、まったく普通の世界。いや、それどころか、普通の世界より微妙に優しくて(ひとが妙に穏やかだ)、ゆるい。街の情景まで、妙にゆるくて、でも普通で、居心地がいい。
 作者である松崎(まつざき)さんには、他にいくつかの著作があるんだけれど、この北の街を舞台にした作品が結構ある。どのお話も、直接に繋がっている訳ではないんだけれど、ゆるやかにどこかが繋がっていて、みんなゆるくて、居心地がいい。
 なんか、楽に息ができる、松崎ワールドに(ひた)れるのが、松崎さんのお話の魅力のひとつかな。

 魅力のひとつかな。
 こんなふうに書いたのは、ゆるくて、居心地がよくて、楽に息ができる松崎ワールドなんだけれど、時々、はっと思う程きつい状況になってしまうことがある。このお話だと、ぽにいを巡るエピソードに、その片鱗が。
 私は、実は、その手の松崎作品がとても好きだ。(「不可能もなく裏切りもなく」『あがり』収録とか、「たとえわれ命死ぬとも」『5まで数える』収録とか。)
 ゆるい松崎ワールドでほっこりしてたら、いきなり胸に刺さってくるものがある。胸がきゅんとするんだけれど、それ、普通の意味の〝胸きゅん〟じゃなくて。ぬるい温泉に、ゆったり(つか)ってのんびりしていたら、いきなり側に源泉が湧きだしてきてしまった、うわっ、あっつい、うわ、きっつい。でも、これ、ぬるい温泉にゆったり浸っていたからこそ、味わえる楽しみ。(最初っから源泉だったら、のんびり浸ってなんかいないから、こんなショックは味わえない。)
 それに。この源泉のきつさって、ゆるい松崎ワールドとおんなじ原理でできているから……みんなが優しくて、みんながゆるくて、その中でも特に誰かが優しいから、優しいひとがいるから、だから逆にでてきてしまう〝突き刺さってくるもの〟。私は、とても、この感覚が好きだ。

 ところで、私は典型的な文系の人間なので(というか、理系が全滅している人間なので)、理系のひとにほのかな憧れを抱いていた。
 いや、なんか、理系って、〝スペシャリスト〟って感じがするじゃない、ということは、理系の大学出れば、就職なんて楽勝なんだろーなーって、ずっとずっと思っていた。ましてや、修士課程修了しちゃえば、もう、あっちこっちの企業や研究所から引く手あまた、博士号なんてとってしまえば、三顧の礼をもって「ぜひうちにきてください先生様ー」って世界なんだろうって思っていた。
 だから、博士浪人って言葉は、かなりショック。ましてや理系博士号持ち女子なんて(同じ条件の男子に(くら)べれば少数派だと思うから)、就職、楽勝だって思っていたのに……現実は、違うのか?
 でもさあ。私が子供の頃には、「末は博士か大臣か」って言葉があったんだよね。ということは、博士って、少なくとも大臣に匹敵するくらいの価値があるのでは?(……まあ……昨今の政治情勢をみていると、そもそも〝大臣〟に価値があるのかどうか、よく判らなくはなるんだけれど。)
 なのに、シーノさんは、哀しき就職浪人博士。(まあ、この世界では、高齢化が進んで大学の先生の定年が八十五になっているもんなあ。大学教授職なんて、定数が絶対に決まっているから……ひとが減らない限り、新規採用はないんだけれど。)それに、修士までならともかく、博士までいっちゃうと、専門性が高すぎて、逆に普通の研究職につけなくなるって理屈も判るんだけれど。(なんたって、シーノさんの専門は――希少生物ホラホラ属の分類。ホラホラ属なんて現実にあるのかどうか知らないけれど、でも、ああ、人材としての用途がまったく思い付かない専門ではあるなあ……。)
 けどまあ。松崎ワールドじゃなくても、博士号のこと、足の裏についた米粒って言い方してるの、見たことがあるもんなあ。(そのこころは、取らないと気持ち悪いけれど、とっても食べられない。)ということは……この現実世界でも、博士で就職できないひとって……いるのか、結構。(実は、他のひとの本読んでると……いそうなんだな、沢山。)
 ああ、理系に対して抱いていた夢が、がらがらと音をたてて崩れてゆく……。
 ただ、こりゃ、まあ、どこの世界でもそうで。
 実際、世の中には、小説家のこと、「夢の印税生活」って言葉で表しているひと、いるもんなあ。一冊本だしたらそのあと仕事しなくても印税だけで食べてゆける、そんな夢のような職種だって思ってるひと……いるもんなあ。
 あの、これ、嘘です。いや、そういうひともまったくいない訳じゃないんだけれど、圧倒的絶対的少数派なので。
 そういう意味では、私が漠然と思っている、「音楽家って好きな演奏しているだけで食べてゆける」とか、「一号百万なんて価値がついてる画家さんは、百号の絵を描いただけで十年楽勝だよね」っていうのも、きっと、嘘なんだろうなあ。

 理系女子……大変だったんだねえ。
 という一文で、この原稿、終わりにしようかと思ったんだけれど……ここで、ふと、思ってしまった。
 なんせ、シーノさんは、百歩七嘘派の家元の秘書。こんな言葉でしめてしまって、万一。
「あ、信じた信じた」
 なんて言われちゃったら……ちょっと立ち直れないぞ。

 


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