画像

◎これぞ! 名作1位

羊飼いの少年サンチャゴは、アンダルシアの平原からエジプトのピラミッドへ旅に出た。錬金術師の導きと様々な出会いの中で少年は人生の知恵を学んでゆく。
マララ・ユフザイやオバマも愛読する、全世界で8500万部のベストセラーになった夢と勇気の物語。

 
 

 
 少年の名はサンチャゴといった。少年が羊の群れを連れて見捨てられた教会に着いたのは、あたりがもう薄暗くなり始める頃だった。教会の屋根はずっと昔に朽ち果て、かつて祭壇だった場所には、一本の大きないちじくの木が生えていた。
 少年はそこで一夜を過ごすことに決めた。彼は羊の群れが、壊れかけた門を通って中に入るのを見とどけてから、夜中に羊が迷い出さないように、何本かの棒を門にわたした。その地方におおかみはいなかったが、以前、一頭の羊が夜の間に外に迷い出たため、少年は次の日一日、その羊を探しまわらなければならなかった。
 少年は上着で床のほこりをはらうと、読み終ったばかりの本をまくらにして横になった。この次はもっと厚い本を読むことにしようと、彼は独り言を言った。そうすれば、もっと長く楽しめるし、もっと気持ちのいいまくらになるだろう。
 少年が目を覚ました時、あたりはまだ暗かった。見あげると、半分壊れている屋根のむこうに星が見えた。
「もう少し、寝ていたかったな」と少年は思った。彼は一週間前に見た夢と同じ夢を、その夜も見た。そしてその朝もまた、夢が終る前に目が覚めてしまった。
 少年は起きあがると、柄の曲った杖を手にして、まだ寝ている羊を起こし始めた。彼は自分が目を覚ますと同時に、ほとんどの羊たちも動き始めるのに気がついていた。それはまるで彼の生命いのちから湧き出る不思議なエネルギーが、羊たちの生命に伝わるかのようだった。彼はすでに二年間、羊たちと一緒に生活し、食べ物と水を求めて、田舎を歩きまわっていた。「羊たちは、僕に慣れて、僕の時間割りを知ってしまったみたいだ」と彼はつぶやいた。ちょっと考えてから、それは逆かもしれないと気がついた。自分が羊たちの時間割りに、慣れたのかもしれなかった。
 しかし、羊たちの中には、目が覚めるのに、もう少し時間がかかるものもいた。少年は一頭ずつ、名前を呼びかけながら、杖で羊を突っついて起こしていった。彼はいつも、自分の話すことを羊が理解できると、信じていた。それで、時々羊たちに、自分がおもしろいと思った本の一部を読んでやったり、野原での自分のさびしさや幸せを、話してやったりした。時には自分たちが通り過ぎた村で見たことについて、自分の意見を聞かせることもあった。
 しかし、このところの数日間は、少年はたった一つのことしか、羊たちに話していなかった。それはある少女のことだった。あと四日で到着する村に住む商人の娘のことだった。その村へは、まだ、一度しか行ったことがなかった。それは去年のことだった。その商人は呉服屋の主人で、だまされないために、いつも自分の目の前で、羊の毛を刈るように要求した。友達がその店のことを教えてくれたので、少年はそこへ、羊を連れていったのだった。
    ☆
「羊の毛を売りたいのです」と少年は商人に言った。店が忙しかったので、商人は少年に、午後まで待つように言った。そこで少年は、店の入口の階段にすわると、本をかばんの中から取りだした。
「羊飼いが本を読めるなんて、知らなかったわ」と、少女の声が、うしろから聞こえた。その少女は、アンダルシア地方の典型的な容姿をしていた。かすかにムーア人の征服者たちのことを思い出させる、流れるような黒髪と、黒い瞳をしていた。
「ふだんは、本より羊の方からもっと学ぶんだよ」と少年は答えた。二人は二時間も話した。その間、彼女は自分は商人の娘で、村の生活は毎日が同じことのくり返しだ、と言った。羊飼いの少年は、アンダルシアの田舎のことを話し、彼が泊まった他の町のニュースを伝えた。それは羊と話すより、ずっと楽しかった。
「どうやって、読み方を習ったの?」と話の途中で、彼女が聞いた。
「他の人と同じさ」と彼は言った。「学校でだよ」
「あなたは字が読めるのに、なぜ羊飼いをやっているの?」
 少年は彼女の質問に答えるのをさけて、口の中でぶつぶつ言った。彼女には決して理解できないだろうという気がしたからだ。彼は自分の旅の話を続けた。すると、彼女は賢そうなムーア系の黒い瞳を大きく見開いて、こわがったり、驚いたりした。時間がたつうちに、少年は、その日が終らなければいいと願っている自分を発見した。そして彼女の父親がずっと忙しくて、自分を三日間待たせたらよいのにと思った。彼は自分が、今までに経験したことのないような気持ちになっているのに気がついた。それは、一カ所にずっと住みつきたいという希望だった。黒髪の少女と一緒にいれば、自分の毎日は決して同じではないだろうと、彼は思った。
 しかし、ついに商人が現われて、少年に四頭の羊の毛を刈るように頼んだ。彼は羊の毛の代金を支払い、少年に来年もまた来るようにと言った。
    ☆
 そして今、少年は、あと四日で、その同じ村に戻るところだった。彼は興奮し、同時に不安だった。たぶん、少女はもう彼を忘れてしまっただろう。たくさんの羊飼いが、羊毛を売りに村を通り過ぎてゆくのだ。
「それでも平気さ」と彼は羊たちに言った。「他の場所にも少女はいるのだから」
 しかし、彼は心の中で、平気ではない、と知っていた。そして、船乗りや、行商人たちと同じように、羊飼いもまた、自由な旅の喜びを忘れさせる誰かがいる町を、いつか必ず見つけることを、知っていた。
 夜が明け始めた。羊飼いの少年は、羊を追って太陽の方向へ進んだ。「羊たちは、何も自分で決めなくてもいいんだな」と、少年は思った。おそらく、それが、いつも自分にくっついている理由なのだろう。
 羊たちの興味はと言えば、食べ物と水だけだった。アンダルシアで一番良い牧草地の見つけ方を少年が知っている限り、羊たちは彼の友達でいるだろう。そう、彼らの毎日はいつも同じ日の出から日没までの、限りなく続くように思える時間だけだった。彼らは若い時に本を読んだこともなく、少年が都会のようすを話しても何のことかわからなかった。彼らは食べ物と水さえあれば満足していた。そのかわり、彼らは羊毛と友情、そしてたった一度だけだが、自分の肉を気前よく与えてくれた。
 もし僕が、今日、すごく残忍な男になって、一頭ずつ殺すことにしたとしても、ほとんどの仲間が殺されてしまってから、彼らはやっと気がつくのだろう、と少年は思った。彼らは僕を信頼していて、もう自分たちの本能に従うことを忘れている。それは僕がいつもおいしい草のあるところへ連れてゆくからだ。
 少年は自分の考えに驚いた。いちじくが生えている教会にいた悪い霊にとりつかれたのかもしれない。その悪い霊が、自分に同じ夢を二度も見させて、自分の忠実な仲間に不満を感じさせたのだ。彼は昨夜の夕食の時に残したぶどう酒を少し飲んでから、上着の前をかき合わせた。これから何時間かたつと、太陽が頭の真上にきて気温が高くなり、羊の群れを連れて平野を進むことができなくなることを、少年は知っていた。それは夏の間、スペイン中が昼寝をする時間だった。猛暑は日暮まで続き、それまでは上着をかかえていなければならなかった。上着の重さに文句を言おうとした時、彼は、上着があるからこそ、明け方の寒さをしのげるのだと思いなおした。
 僕たちは変化にそなえておかなければならないのだ、と少年は思った。すると、上着の重さと温かさが、ありがたく感じられた。
 上着には目的があった。そして少年にも目的があった。彼の人生の目的は旅をすることだった。二年間アンダルシアの平原を歩きまわって、彼はその地域のすべての町を知っていた。今度少女に会ったら、羊飼いの身で、どうして本が読めるようになったのか、彼女に次のように説明しようと思っていた。少年は十六歳まで神学校にいた。彼の両親は少年を神父にして、あまり豊かでない農家の自慢にしたかった。彼らは羊と同じように、ただ食べ物と水を得るために、一生懸命働いてきた。少年はラテン語とスペイン語と神学を学んだ。しかし、彼は小さい時から、もっと広い世界を知りたいと思っていた。そのことの方が、神を知ったり、人間の原罪を知ることより、彼にとっては重要だった。ある日の午後、家族のもとに帰った彼は、勇気をふりしぼって、自分は神父にはなりたくない、自分は旅がしたいのです、と父親に言った。

書籍

『アルケミスト 夢を旅した少年』

パウロ・コエーリョ

定価 605円(本体560円+税)

発売日:1997年02月21日

ネット書店で購入する

    書籍

    『不倫』

    パウロ・コエーリョ 訳:木下 眞穂

    定価 1123円(本体1040円+税)

    発売日:2018年10月24日

    ネット書店で購入する