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試し読み

必死で築いてきた「普通」の生活が、崩れていく――。『夜がうたた寝してる間に』大ボリューム試し読み#3

 その日は、特にいつもと変わらない朝だった。少しだけ寝坊してしまい、学校へ着くのがいつもより遅くなったくらいだろうか。スマホをいじりながら電車に揺られていると、先に学校へ着いているはずの毛利からメッセージが届いた。
【二人とも、もう学校着いた?】
 いやまだ、と返事をする。おれもうすぐ、と榎本も返している。
【やばいぞ。はよ来い】
 き立てるような毛利の態度に思わず首を傾げる。なんなんだ、と思っていると、今度は榎本から立て続けにメッセージが来る。
【やば! やばい! アーサーはよ!】
 そして電話がかかってくる。慌てて切って、【今電車だから出らんない】と入れる。
【駅着いたら教えて】
 毛利が返してくる。それから一向に何も連絡はなく、なんなんだよもう、と溜息をついて画面を閉じる。
 電車を降り、二人にメッセージを入れる。校門で待ってる、と毛利が言う。学校へ向かうとその言葉の通り、校門に二人がいた。榎本が大きく手を振る。早く早く、と急き立てられて、わざと歩みを緩めて向かう。
「アーサー、おっそいよもう」
「うっせえなあ。これで大したことなかったら殴るかんな」
「うわっ暴力的。いやめっちゃ大したことあるから!」
「直接見た方が早いよ。行こう」
 二人に背中を押され、校門をくぐる。そして、二人の言っていることが誇張ではないとすぐに分かる。
 人だかりができていた。生徒たちががやがやと騒ぎながら、集まって何かを見ている。その奥では学年主任のくにしろさつきが、必死に生徒たちを追い払おうと声を上げている。何やらただならぬ雰囲気だが、人が多すぎて何が起きているのかが分からない。
 こっちこっち、と榎本に手を引っ張られるがまま、人の波をかき分けていく。そして、その光景が目に飛び込んできた。
 花壇に、机が咲いていた。
 一つや二つではない。数十、いや百を超える数の机が、校舎の壁に沿ってうずたかく積まれていた。校舎を囲うように植えられていた花や植え込みを全て押し潰すかのように、机はあるいは正位置で、あるいは四本の脚を天に向け、あるいは横たわって落ちている。机だけではなく、椅子もばらばらと転がっていた。机の中にあったであろう教科書や筆箱も辺りに散乱している。
「なんか投げ捨てたみたいよ、窓から」
 毛利がその異様な状況の説明をし、榎本もそれに続ける。
「しかも、うちの学年だけらしくてさ。やばくない?」
 その言葉に顔を上に向ける。二階の窓は全て大きく開かれていて、薄いクリーム色のカーテンがひらひらと舞っているのがちらりと目に入った。ここからは見えないけれど、きっとどの教室も空洞なのだろう。いたずら、という言葉で片付けるには暴力的な気がした。
「ここで集まらない! 早く体育館に行きなさい!」
 積まれた机の前に立つ国城が、怒気をはらんだ声を張り上げる。それにひるみもせず、スマホを掲げてぱしゃぱしゃと生徒たちがカメラで撮影している。慌てた様子で榎本がスマホを持った手を必死に伸ばすが、生徒たちに阻まれてうまく撮れなかったらしく、唇を尖らせている。俺撮ったからあとでデータやるよ、と毛利がにやついている。
 俺はじっとその光景を眺めていた。机と椅子。それらが折り重なるように落ちている。もう飽きてしまったのか、行こうぜ、と榎本が俺のそでを引っ張り、俺たちはその場を去る。
 それでも脳裏にはまだこびりついていた。オブジェのようなその机たちと、ざわつく生徒たち、苛立つ教師。明らかにそこにあるのは非日常だった。嫌な予感がした。俺が今までどうにか保ち続けていた平穏が、音を立てて崩れていくような予感が。
 十一月の上旬。せいれつな寒さの朝だった。


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