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試し読み

一日ごとに記憶を失う君と、二度と戻れない恋をした――第26回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》受賞作『今夜、世界からこの恋が消えても』試し読み③

三上延氏、三雲岳斗氏が最終選考委員を務め、国内最大級の応募数を誇る電撃小説大賞。
その第26回で《メディアワークス文庫賞》を受賞した感動作、『今夜、世界からこの恋が消えても』が2月22日に発売!
一日しか記憶を保てない“彼女”と、その日々を掛け替えのないものにしようとする“僕”。
二人に起こる感動の物語をぜひご覧ください!

 ◆ ◆ ◆
>>前話を読む

 どこで話すかについては指定されていなかった。迷いはしたが、告白した際に自分のクラスは教えていたので、とりあえず教室で待つことにした。
 帰りのホームルームが終わり、下川くんと別れの挨拶を交わす。
 学校の最寄駅までだが、僕はいつも彼と下校していた。二人とも帰宅部だ。
 下川くんを一人で帰宅させると、またあの連中からお金をせびられたりしないか不安だったが、今日は彼の母親が転校の手続きにくるらしい。
 母親と合流して担任に挨拶した後、下川くんは車で帰宅するという話だった。
 窓際の席から教室内を見渡せば、あの連中も教室からいなくなっている。
 僕は鞄から雑誌を取り出すと、自分の机で時間を潰すことにした。
 教室から人がいなくなるにつれ、吹奏楽部が楽器を鳴らす音や、運動系の部活動が準備運動をする声が遠くから聞こえ始めてくる。
 その孤独と連帯の合いの子のような空気感は、嫌いじゃなかった。四角く切り取られた青い空は、せきりようじみた音楽に似たものを無人の教室へと運んでくる。
 どれだけそうやって過ごした頃だろう。廊下から聞こえていた他のクラスの音が完全にやんだ。開け放たれたドアを通じて、僕の感覚は廊下まで伸びる。
 誰かの足音が聞こえてきた。
 急ぐでもなく、かといって時間を持て余しているでもなく。わずかな緊張とともにぐ目的の場所へと向かっているような、そんな足音だ。
 その足音がやむ。廊下に視線を向けると、そこにがいた。
 一瞬だけ彼女は何かに驚いたように眉を上げるも、やがてあどけない笑みを浮かべる。
「私の彼氏くん、みっけ。神谷透くんだよね?」
 僕が昨日の放課後に告白した、日野真織その人だった。
「あ、あぁ」
 名前を確認されなんとか頷く。そんな僕を日野は、どこか興味深そうに見ていた。
 それにしても随分と気軽に声をかけてきたものだ。こっちは構えてしまっていたというのに。そんな感想を抱いている間にも、日野は歩を進めて教室に入ってくる。
「おじゃましま~す」
 迷いのない足取りで近づき、前の席に横向きで腰かけた。長い黒髪が目の前で揺れる。
 続いて椅子の向きを変え、僕と向き合う形で日野が座り直した。
 目が合うと楽しそうに微笑んでくる。
「神谷くんって、部活とか入ってないの?」
「え? あ、まぁそうだけど。日野は?」
 言葉を探していたら、日野の方から話を振ってきた。
 日野は机に肘を置くと、小さな顎を手の平に乗せる。
 唇は笑みの形に結ばれていた。そんな風に楽しげにほおづえを突く人を初めて見た。
「私も入ってないよ。帰宅部ってやつだね。だけどよかったぁ。部活のこととか聞いてなかったし、サボらせちゃったかなって心配してたんだ」
 僕の日常の風景には、笑みが浮かぶことは少なかった。
 学校と家とスーパーを往復するばかりの毎日だ。父さんも僕もあまり笑わない。
 僕らとは違い、豊かな表情を持つ日野が頰杖を外す。
「あと、放課後に話そうって言っておいて、集合場所も決めてなくてごめんね。教室にいてくれて安心したよ。それで、これから付き合うにあたって色々と聞きたいんだけど」
「うん。その話……なんだけどさ」
 僕は言葉に詰まり、視線を逃がす。視界の端で日野がわずかに顔をこわらせた。
「あ、やっぱり嫌になっちゃったかな? 私、変な条件とかつけちゃってたし。それならそれで仕方ないか。残念無念。ごめんね、変なことに付き合わせちゃって」
「いや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだけどさ」
 僕は今でも迷っていた。事情を話して、僕の告白をなかったことにすべきかどうか。
「その、二時間目の休み時間、綿矢が来たよ」
 内心のかつとうを誤魔化すように言うと、日野は「うん、聞いてる」と応じた。
「廊下で声をかけられた時も一緒にいたし、昨日のことをいずみちゃんには話してあるんだ。それで、なんだか興味持ったみたいで。って……その、ごめんなさい。泉ちゃんだけなんだけど、そうやって話されちゃうの嫌だよね」
 声のトーンが落ち、日野は申し訳なさそうな顔になる。
 そんな顔にするのが目的ではなく、少し慌ててしまう。
「いや、大丈夫。友達に話すのは普通だと思うし。仲、いいんだな」
「あ、うん。泉ちゃんって、あぁ見えて結構変わってるんだ。妙に落ち着いてるかと思えば急に変なこと言うし。そういうとこ面白いなって思って。それにすごくいい人だから、ついなんでも相談しちゃうんだ」
 先ほども日野は口にしていたが、綿矢の名前は泉というのか。
 そんな発見を真新しく思いながら、言葉を返した。
「そういうのはなんとなくだけど伝わったよ。それで、昨日の告白なんだけど。実は……」
 覚悟を決めた僕は、それから昨日の告白にまつわる話をした。気分を害してしまうかと思ったが日野は特に驚くでもなく、最後には楽しそうに笑っていた。
「なんだ、そうだったんだ。罰ゲームか何かとは思ったけど、クラスでいじめられてる人を守るためにやったんだ。格好良いじゃん」
「別に、そんな大したことじゃないよ。ただ、僕みたいなのと友達になってくれるような、いい人だからさ。嫌な思いをして、俯いたりしてほしくなかったんだ。もう少しでその友達、転校しちゃうし」
「そっか。転校か。それは残念だね」
「うん。それで……とつに〝はい〟って、答えちゃったけど。なんて言うのかな。僕も、どうしてそう答えたのか分からなくてさ」
 言葉を選んでいると、日野が僕をじっと見つめているのに気付いた。
「透くんは、私と付き合うのは嫌?」
 父親以外から自分のことを名前で呼ばれるのは久しぶりだった。
 不思議と呼ばれただけで、自分の名前が輝かしいものに感じられてしまう。
「嫌……じゃない、かもな」
「もう、何それ」
 曖昧に応じた僕に、日野が楽しそうに笑いかける。
 僕は笑おうとして失敗したような表情を作りながらも、言葉を探し続けた。
「失礼かもしれないけど、ちょっと面白いかも……とは思ってる。三つの条件、だっけ。結局、世間一般で言う恋人として付き合うわけじゃないんだろ? 擬似恋人っていうのかな。好きにならないのが条件なんだし、日野が嫌じゃないなら、いいかもな」
 まとまった考えをようやく告げた時には、日野は僕の机に再び頰杖を突いていた。
 やはり楽しそうに口角を上げている。
「じゃ、いいんじゃない? あ、でも泉ちゃんが心配するから表向きは擬似恋人じゃなくて、ちゃんと付き合ってることにしよう。泉ちゃんにもあの条件は伝えてなくてさ」
 僕たちはそうやってその日、おかしな取り決めを交わした。
 条件付きの恋人として、付き合うことになった。

(つづきは本書でお楽しみください)


書影

一条岬『今夜、世界からこの恋が消えても』


▼三上延氏、斜線堂有紀氏の推薦コメントも掲載
今夜、世界からこの恋が消えても』詳細はこちら(特設サイト)
https://mwbunko.com/special/sekakoi/


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