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試し読み

ドラマにもなった人気シリーズ「行動心理捜査官・楯岡絵麻」著者の最新作『お電話かわりました名探偵です』1話試し読み!#1

Z県警本部の通信指令室。その中に電話の情報のみで事件を解決に導く凄腕の指令課員がいる。千里眼を上回る洞察力ゆえにその人物は〈万里眼〉と呼ばれている――。

「行動心理捜査官・楯岡絵麻」「白バイガール」などの人気シリーズの著者、佐藤青南さんの最新作は通信指令室が舞台の新感覚警察ミステリ! 電話の情報のみで事件を解決に導く凄腕の指令課員が活躍するエンターテインメント快作です。本作発売前に、特別に第一話を公開いたします。


書影

佐藤青南『お電話かわりました名探偵です』(角川文庫)


CASE1 家を盗まれた女

       1

 指令台の横に設置された警告灯が緑色に光り、電話の着信音が響き渡る。
 僕は左手でヘッドセットマイクの位置を直しつつ、操作パネルの『受信』ボタンを押した。
「はい。Z県警察一一〇番です。事件ですか。事故ですか」
けんです。男の人たちが殴り合ってて』
 女性の声だった。雰囲気的に二十代から三十代ぐらいか。声が大きく、うわずって、やや震えているのは、事件の現場に居合わせた高揚のせいだろう。つられてうわずりそうになるのをこらえ、意識的に声を低くする。
「喧嘩ですか」
『二人とも酔っ払っていて、大声でわめいてて。私、怖くて。早く来てください』
 端末を操作し、ディスプレイに地図を表示した。発信地は県内第二の市の繁華街。多くの飲食店が軒を連ねる表通りから一本入ったあたりに、電話の発信を示す赤い丸が点滅していた。GPS付き携帯電話から通報の場合、瞬時に通報者の所在地が特定される。
「通報ありがとうございます。いまいらっしゃる場所はGPSでわかるのですが、喧嘩が起きている場所もそこですか」
 たぶん違う。背景が静かすぎる。
 案の定だった。
『違います。逃げてきました』
「どこから逃げてきたのですか」
『お店からです』
 説明が要領を得ない。だいぶ動転している様子だ。
「そのお店というのは、どこですか」
『私が働いているお店です』
「お店の名前は」
『シャレード』
 地図画面を拡大する。赤い丸の点滅する地点から十メートルほど離れた位置に、〈スナック シャレード〉という表記を見つけた。
 詳細な住所を告げ、その場所に「シャレード」というスナックがありますが、と確認する。
『そこです。そのシャレードです』
 当たりだ。
 地図画面上をクリックし、〈スナック シャレード〉の場所に星印を表示させた。これが現場を示すマークだ。出動指令を受けた警察官は、この星印を目指すことになる。
「もう少し詳しく状況を教えてください。喧嘩しているのは誰ですか」
『お客さんです』
「お店のお客さん?」
『はい』
「お客さん同士?」
『そうです。前からナナコちゃんをしつこく口説いてるノグチさんというお客さんがいて、ナナコちゃんが迷惑してるからやめろってキシダさんが注意したら、ノグチさんがキシダさんに殴りかかって、それから大喧嘩になっちゃって、ビンとかグラスは割れるし、テーブルはひっくり返すし』
 原因はホステスをめぐっての恋のさや当てらしい。酔っぱらい同士のトラブルか。
 そういえば、最近飲みに行ってないな。
 まあ、この勤務体系だからしかたないけど。けっして友達がいないわけじゃないし、誰からも誘われないわけじゃない。高校時代のバレーボール部の仲間とはいまでも連絡を取り合っているし……
 って、誰に向かって言い訳しているんだ?
 僕は気を取り直し、ペンタブレット用のペンを握った。指令台には指示指揮端末画面、緊急配備指揮端末画面、カーロケータ兼地図システム端末画面という三台のディスプレイが並び、その手前に事案端末が設置されている。事案端末はタブレットになっており、通報者から聞き取った情報を手書き入力できる。
「怪我人は」
『わかんないけど、キシダさんは鼻血出してました』
 出血か。怪我の程度はわからないけど、いちおう救急にも来てもらおう。
 僕はペンタブレットに〈念のため一一九〉と記入した。通信員が入力する情報は、通信指令室内のすべての端末からリアルタイムで閲覧できる。その共有された情報をもとに、後方の無線指令台、統合指令台から各所轄に指示が飛ぶ。どこに何台のパトカーを配置するか、そのさいはいが、初動捜査における重要なかぎとなる。そのために必要なのが、より正確で詳細な情報だ。
「お店には、ほかにも誰かが?」
『ノグチさんとキシダさん、ナナコちゃんと、あとママ』
「ママというのは、スナックのママですね」
『そう。二人が喧嘩し始めて、ママが止めようとしたんだけど止まらなくて、ミキ、あんた危ないから外に出てなさい。外で電話して警察呼んできて……って』
 だから店の外に出て通報した、という経緯のようだ。そして通報者はミキさんというらしい。
 聴取した情報を箇条書きでメモ入力しながら考える。
 パトカーは一台で大丈夫かな。話を聞く限りでは、それほど大きな事件でもなさそうだけど。でも通報者が店から逃げ出した後、どうなっているかが問題だ。鼻血程度で済んでいればいいのだが。
 するとふいに『あっ』と声がした。
「どうしました」
『怒鳴り声が聞こえなくなってる。さっきまでは、店の外まで聞こえていたのに』
 ちょっと待って。見てくる。そう言って、歩き出す気配がした。
「気をつけてください」
 スマートフォンを持ち替えるような物音の後、誰かと会話する声が遠くに聞こえる。電話を顔から離しているのか、送話口を覆っているのか、音声が遠く、聞き取りづらい。だが事態が深刻化しているわけではなさそうで、少し安心する。ぼんやり聞こえる声は、少なくともみ合いをしている最中のものではない。
 やがて声が戻ってきた。
『ごめんなさい。落ち着いたみたいです。お騒がせしました』
 その報告で、ふっと肩から力が抜ける。
「そうですか。よかったです。でも怪我人がいるんですよね。いちおう警官を向かわせます。器物損壊で被害届を出すかなども含めて、警官と話してください」
『ありがとうございます』
「最後に念のため、あなたのことを教えていただけますか」
 彼女はすっかり平静を取り戻した様子で、自分の名前、住所、電話番号を告げた。ミキというのが本名だというのは、少し意外だった。水商売の女性は源氏名を名乗るものだとばかり思っていたけど、そうでない場合もあるらしい。
 ともかく通信指令課はここでお役御免だ。あとは現着する警官に任せよう。
 そう思って通話を切ろうとしたとき、『ちょっと』とミキさんの声に意識を引き戻された。
「はい」
『あの名前、教えてくれませんか』
「えっ……名前、ですか」
『そう。お兄さんの名前』
「私の、名前」
 なんで? と思ったのとほぼ同時に、またか、と少しうんざりした。
『最初から思ってたんだけど、お兄さん、すごく良い声してますよね』
 ほらね。
 よくあることだった。通信指令課に転属になったばかりのころ、何度か馬鹿正直に名乗ってしまった。そのせいで、いまだに僕を名指しする女性からの通報がある。この声と「おとれん」などという少女マンガの王子様キャラのような名前のせいで、想像が過剰に美化されているらしい。
 声が良いなんて褒められても、うれくもなんともない。
 そもそも、声だけでなにがわかるって言うんだ。
 そんな僕の反発をよそに、ミキさんは粘ついた声で誘ってくる。
『よかったら、こんどお店に来てください。サービスしますから』
「いや……」
『お酒飲まないの?』
「そういうわけじゃ」
『ならいいじゃない。来てよ』
 電話越しに、ぐいっと迫られる感覚があった。目の前には誰もいないのに、思わず身を引いてしまう。
「でも、遠いですし」
『遠いの? お兄さん、どこにいるの?』
 一一〇番通報は近隣の警察署や派出所につながると誤解している市民も多いが、そうではない。すべては県警本部八階にある、ここ通信指令室に集約される。
 けれど、いまはそういう説明はしないほうがよさそうだ。
「すみません。教えられません」
『どうして? 遠いっていっても、同じ県内でしょう? 県内だったら行けるよ。車あるし』
「そこまでしていただかなくても」
『じゃあこっちに来てくれる?』
 言葉がのどに詰まった。
 僕は女性と会話するのが苦手だ。女きょうだいがいないせいか、高校まで男子校だったせいか、理由はわからないけど、女性とく話せない。仕事上のやりとりはなんとか大丈夫でも、プライベートに話題が及ぶと、とたんに頭が真っ白になる。
 ふいに、左側から腕がのびてきた。その腕の先端の白く細い指が、僕の指令台の操作パネルの『三者』ボタンを押す。『三者』は三者通話の略で、このボタンを押すことでほかの指令台からの介入が可能になる。
 そしていま介入してきたのは、隣の一一〇番指令台を担当するきみいぶき巡査長だった。今年二十八歳になるというから僕より四歳年上なのだけど、僕と同じぐらいか、もっと若く見える。実年齢より下に見えるというのはすべての女性にとっての褒め言葉だとばかり思っていたけど、彼女は違った。初対面のときにそれを指摘したら、顔を真っ赤にして頰を膨らませたのだ。女性に慣れていない僕でもわかる。あれは明らかに怒っていた。だから女性は苦手なんだ。
 いまの彼女も、あのときと同じように顔を真っ赤にしている。
「一一〇番で職員をナンパしないでください」
『え。誰?』
 突然通話に割り込んできた舌足らずな女性の声に、ミキさんは戸惑ったようだった。
 見た目が若々しくて大学生でも通用しそうないぶき先輩だけど、声はもっと若い。いや、いまの表現はいぶき先輩にそんたくした。若い、を通り越して、幼い。一一〇番に電話したら子供に応対された、というクレームが入ったことも、あるとかないとか。
「一日にこの県警本部の通信指令室に入電する通報の数をご存じですか」
『なに? ケンケイホンブ? ツウシンシレイ?』
「あなたが電話しているところです」
『そうなの』
「千二百本ですよ。千二百」
『はあ』
「ということは一時間につき五十本。一分ちょっとに一本の割合で入電しているんです。それに対応する一一〇番指令台は十二台。つまりたったの十二人で、千二百本の通報に対応しなければなりません」
『そうなんだ。すごいね』
 まったくピンと来ていなそうな反応に、いぶき先輩は耳まで真っ赤になった。
「すごいんです。すごいし、大変なんです。あなたが回線を一つふさいでいるせいで、本当に助けが必要な人の通報がつながらない可能性もあるんです」
『ふうん。でもいまは平気なんでしょ』
 いぶき先輩は虚をかれたように両肩を持ち上げた。
『だって回線が一杯だったら、あなたはほかの通報に対応してるはずだから、私たちの会話を邪魔する暇なんてないはずだもんね』
「邪魔……」
 鼻にしわを寄せてふたたび戦闘態勢に入ろうとした先輩だったが、ミキさんのほうにはまともに応戦する気もなさそうだ。
『まあ、いいわ。なんかしらけちゃった。お兄さんがケンケイホンブにいるってことはわかったし、またこんど電話するから』
「用もないのに電話するのはやめ――」
 いぶき先輩が言い終わる前に電話は切れていた。
 先輩はふんまんやる方ないという感じで立ち尽くしている。険しい顔でじっと一点を見つめ、両肩から湯気が立ちのぼりそうだ。
「あの……」
 僕が声をかけると、彼女ははじかれたように顔を上げた。僕がびくっと肩を震わせたのは、彼女の眼光が鋭かったのもあるが、単純に目が合ってドキッとしたからだ。あらためて見ると、本当に肌がれいで目鼻立ちが整っている。
 もっとも、いぶき先輩でなくても女性の目を見るのは苦手なんだけど。
「ありがとうございました」
「べ、別に……やきもちじゃありませんから」
 いぶき先輩はむすっとした顔で言った。
「へ?」
「仕事中にデートの約束なんてよくないと思ったし」
「デートだなんて、そんな」
 僕は両手を振って潔白を主張した。一方的に誘惑されただけで、ぎぬもいいところだ。
「早乙女くんのプライベートなんて、私には関係ありませんけど」
 いぶき先輩は両手を腰にあて、ぷいと顔を背けた。
「す、すみませんでした」
 まったく理不尽な話だけど、無駄話を切り上げられなかったのは僕の未熟さゆえかもしれない。そういう意味では僕にも非があると、自分に言い聞かせる。
 するといぶき先輩はもともと大きな目をさらに大きく見開いた。
「謝るぐらいならちゃんと仕事してください」
「仕事はしてる、つもりですけど」
 つい口答えしてしまった。
「でも通報者とデートの約束をしようとしてました」
「いや、それは――」
 だから違うってば。言いかけたとき、いぶき先輩が僕の指令台を指差した。
 緑のランプがともっている。一一〇番の入電だ。
 早く出なさいという感じで、いぶき先輩があごをしゃくる。
 なんでこんなに怒ってるんだ?
 後ろ髪を引かれる思いで『受信』ボタンを押しながら、僕は心の中で首をひねった。

(つづく)

佐藤青南『お電話かわりました名探偵です』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000373/


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