1月31日(木)、重松清さんの新刊『木曜日の子ども』が発売となります。
本作の発売を記念して、1月21日(月)~30日(水)まで10日間連続での発売前特別試し読みを行います。(第1回から読む)
>>第8回はこちら
【第9回】
7年前、同級生無差別毒殺事件が起きた旭ヶ丘中学校。息子の晴彦は前の学校でひどいいじめに遭い、この中学に転校した。同じ学校に通う隣家の摩耶から、晴彦が当時の事件の犯人・上田祐太郎に似ていると噂になっていると聞き、私はその真意をただすべく、学校を訪ねることにした。
翌日、夜七時を回って訪ねた中学校の職員室では、小川先生と内藤先生が待ってくれていた。
初めて会った内藤先生は、応接コーナーのソファーで私と向き合うなり、消え入りそうな声で「申し訳ございませんでした……」と頭を下げた。
小川先生も横から「晴彦くんにも、その日のうちにお詫びしたんですが、ご両親への報告が遅れまして……まことに、申し訳ありませんでした」と言い添える。
二人とも恐縮しきっていたが、私は抗議のために乗り込んだわけではない。会社から学校に電話をかけたときにも、それは念を押して伝えておいた。
知りたいのだ。晴彦は、ほんとうに上田祐太郎に似ているのか。似ているとすれば、どこが、どんなふうに似ているのか。
「いままで一度も、そんなことは思ってなかったんです」
内藤先生は言った。晴彦が二年三組に転入してから、すでに一カ月近くたっている。もしも、ほんとうに顔立ちが似ているのなら、もっと早い時期に気づいているはずだ。
ただ、夏休みに小川先生に二人の写真を見比べてもらったとき、先生は「面影がある」という言い方をしていた。
小川先生もそのことを覚えていて、「写真で見たときより、晴彦くんとじかに会ったときのほうが遠いんですよ、雰囲気は」と言った。「だから、私もすっかり安心していたんですが……」
たまたま、だった。ほんの一瞬のはずみのようなものだった。
「ちょうど逆光でしたし、内藤先生も時間に遅れて小走りで教室に入ってきて、晴彦くんもふっと振り向いて……交通事故で言えば、出会い頭のようなものだったんだと思うんです」
私は小川先生の言葉に小さくうなずいて、内藤先生に向き直った。
「でも、その瞬間は、上田祐太郎と晴彦が重なったわけですよね」
「ええ……」
「どこが似てたんですか」
「それが……その……どこ、と言われると、わからないんです……」
内藤先生の声は、また消え入りそうになってしまう。
さっぱり要領を得ない話だった。似ている箇所はわからない。ふだんの雰囲気も遠い。なのに、一瞬のはずみで、上田祐太郎と晴彦はきれいに重なり合う。そんなことが、現実にありうるのだろうか──?
「上田祐太郎の写真を見せてもらうわけにはいかないんですか」
小川先生に訊いた。答えは、夏休みのときと同じように、「それはできません」だった。
「悪用するわけじゃないんです」
「ええ、それはわかってます、わかってるんですが……」
杓子定規な対応にさすがにカッとして、「息子が迷惑してるんですよ!」と声を荒らげた。「これが原因でいじめに遭ったら、どうしてくれるんですか!」
小川先生は苦渋に満ちた顔になり、内藤先生はうなだれてしまった。
「お願いします」
私は居住まいを正し、口調もあらためて、頭を下げた。「親として、このままじゃ納得できないんです。お願いします」
「わかります。清水さんのお気持ちは、ほんとうに、痛いほどわかるんです」
「だったら──」
言いかけた言葉を、内藤先生の声がさえぎった。
「いま、帰ってきてるんです」
迷いやためらいを断ち切った、強い口調だった。
驚いて顔を上げると、内藤先生もうなだれていた顔を上げ、私をまっすぐに見つめた。横から「内藤先生、それは……」と止める小川先生にかまわず、私からも目をそらさない。
「あの、いま……帰ってきてる、って……」
オウム返しした自分の声が耳に流れ込んだ瞬間、背筋が冷たくなった。
まさか──。
私の表情がこわばったのを察して、内藤先生は小さくうなずいた。
(第10回へつづく)
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