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試し読み

夢を破ってベストセラー! マンガやアニメを科学する大人気シリーズ、柳田理科雄『空想科学読本 「高い高い」で宇宙まで!』試し読み

マンガやアニメで描かれる様々な現象を科学的に徹底考察する「空想科学読本」シリーズ。
このたび角川文庫より発売された『空想科学読本 「高い高い」で宇宙まで!』より、「「源氏物語」では、光源氏の涙で枕が浮いた! どんだけ泣いたんだ!?」を1篇まるまる公開いたします。
誰もが知る古典文学の貴公子、光源氏。検証の結果、ちょっと意外な姿が明らかに……!?



「「源氏物語」では、光源氏の涙で枕が浮いた! どんだけ泣いたんだ!?」


 空想科学研究所では、2007年から希望される学校の図書館に「空想科学 図書館通信」を無料で配信していて、そこでは毎週一つずつ生徒たちの質問に答えている。ときどき先生から質問をいただくケースがあるのだが、この問題もその一つだ。
『源氏物語』は平安時代に紫式部によって書かれた物語で、「世界最古の長編小説」ともいわれている。主人公は、イケメンでいろいろ才能も豊かな光源氏。幼くして母を亡くしたこともあり、母に似た女性を見るや、道ならぬ恋に落ちてしまい、それも一人や二人じゃなくてもうウヒョウヒョと……という、いまだったら何度も謝罪会見するような人生である。でも、高校の古文の時間には必ず習うのである。大学入試にも出るのである。不思議である。
 で、この光源氏がある晩、波の音を聞いているうちに「涙おつともおぼえぬに枕うくばかりになりにけり」。質問をくださった先生が添えてくれた現代語訳によれば「気がつくと、涙の海に枕が浮かぶほどになっていた」。うっひょ~、泣いたものですなあ!
 質問をくれた先生は高校の古文の授業中、生徒に「どれくらい泣くとこうなるのですか?」「こんなに泣いて、光源氏は死なないのですか?」と聞かれ、ちょっと困ってしまって、筆者のところに質問されたのでした。
 この問題、たいへん興味深いので、ここで読者の皆さんにも紹介したい。もちろん「枕が浮く」というのは光源氏の悲哀の深さを示す比喩だが、まことに味のある表現ではないですか!

どれだけ泣いたら、枕が浮く?
 それにしてもこの光源氏、何が悲しくて、枕が浮くほどの涙を流したのだろうか。
 このエピソードが書かれているのは「」のじよう。道ならぬ恋が発覚して(何度目なんだ!?)、都を逃れた源氏は須磨(現在の兵庫県)に隠れ住む。そこでは仕える人も少なく、その人たちも寝静まった深夜、波の音を聞いているうちに悲しみが募って泣いた……ということらしい。
 うーむ。何か事件があって泣いたわけでもなく、どうやら都に思いを馳せて感傷的になったみたいなんだけど、そもそもモノスゴク自業自得な気がしますなあ。
 日本を代表する古典の主人公を、けなしている場合ではない。まずはどんな枕だったのかを知りたいが、『源氏物語』の世界を絵にした『源氏物語絵巻』には、木の枕が描かれているという。なるほど、寝心地はともかく、木の枕なら水に浮くであろう。調べてみたところ、木の枕は奈良時代から使われ、素材はきりだったという。
 乾燥した桐の密度は、水の0.25倍。檜葉は0.4倍。すると、枕が直方体だったとすれば、桐なら枕の高さの25%、檜葉なら40%の深さ以上に涙が溜まれば浮かぶことになる。ここでは、涙の量が少なくて済む桐で考えよう。
 問題は枕の高さだが、筆者が本を重ねて寝やすい高さを作ってみたところ10㎝だった。源氏の枕も高さ10㎝だとすると、彼の涙は最低でも10㎝の25%、つまり2.5㎝の深さまで溜まったことになる。
 その場合、涙の総量はどれほどか? それは彼の寝ていた部屋の広さによって変わってくるが、源氏は高貴な方だから、いんせい先の仮住まいもかなりの広さがあったのではないだろうか。現在の規格で8畳とか、12畳とか……?
 あんまり広いと、涙の量が莫大になってしまうので、ここは8畳で手を打とう。もちろん、床に隙間がなく、部屋が敷居などで囲まれていて涙が溜まりやすかったと考える(木造建築だと考えにくいが、とりあえずそう考える)。
 現在の1畳は1.656㎡。すると8畳で13.2㎡。ここに2.5㎝の深さまで溜まった涙の量は、なんと330L。家庭用の標準的な浴槽の1.6倍である!


まずい。光源氏のイメージが……
 おフロ1.6杯分も泣いて、源氏は大丈夫だったのか?
 大丈夫なわけはありません。330Lの涙とは、330㎏。人間は体重の10%以上の水を失うと脱水症状を起こして命が危なくなるが、そんなレベルどころか、明らかに源氏の体重を超えているっつーの。
 美男子で名高い光源氏も、『源氏物語絵巻』では小太りに描かれている。当時はそれがイケメンの条件だったのかもしれないが、それでも体重はせいぜい70㎏だろう。単純計算すると、涙が5㎜溜まった時点で、涙の重さが体重を超え、光源氏はこの世から消滅してしまいます。
 そんなアホな話はないだろうから、すると源氏はしやくなどで水をグイグイ飲み、水分補給を続けながら泣いたのだろうか? あるいは、330㎏の涙を流したけれど、それが体重の10%未満だったので、脱水症にもならなかったということか? 後者なら光源氏の体重は3.3t以上、推測される身長は6mほどということになるが……。
 ま、まずい。このまま突っ走ると、日本が世界に誇る『源氏物語』の世界をぐしゃぐしゃにしてしまって、光源氏ファンや研究者からめちゃくちゃ?られそうだ。
 しかし、筆者にはもう一つ、どうしても気になることがある。光源氏は、これだけの涙をどれほどの時間で流したのか、という問題。「涙おつともおぼえぬに」、つまり自分が泣いているのに気づかないとは、いったいどれくらいの時間なのだろう?
 1時間だとしたら、1秒に流した涙は92mL。毎秒コップに半分ぐらいがジャバジャバ流れたわけで、これに1時間も気づかなかったら、よほどウカツな人である。
 だったら1分? その場合、放涙量は毎秒5.5L。当時は美男美女の条件とされたあの細い目が、幅5㎜、長さ4㎝だとしたら、噴射される涙のスピードは時速50㎞。真上を向いたら、涙は高度9.7mまで吹き上がる! わあ、ちょっと見てみたい!
 喜んでいる場合ではない。筆者がアレコレ考えると、どうしても『源氏物語』の世界がブチ壊れてしまう。念のためにもう一度書きますが、「枕が浮くほど泣いた」というのは、あくまでも比喩表現。それを真正面から科学的に計算すると、こんなスットコドッコイの話になる……ということであって、『源氏物語』が、みやびな世界観に彩られたきゆうの古典であることに変わりはありません。怒んないでね。

作品紹介



空想科学読本 「高い高い」で宇宙まで!
著者 柳田 理科雄
イラスト 近藤 ゆたか
定価: 770円 (本体700円+税)
発売日:2023年06月13日

夢を破ってベストセラー!大人気シリーズの角川文庫版、第4弾が登場!
マンガやアニメには、魔法のような現象や驚異的なアイテムが登場する。名探偵コナンの「蝶ネクタイ型変声機」の仕組みは? ぐりとぐらが作った大きなカステラ、実際のサイズとは!?
気になるあれこれを科学的に徹底検証。誰もが夢中になること間違いなしの、大人気シリーズ第4弾!

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322302000987/
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