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試し読み

医師の道を諦めるわけにはいかない。その固い決意の裏には、〈運命の人〉がいた。『皇帝の薬膳妃 紅き棗と再会の約束』試し読み#5

妃と医官の二重生活が王宮に波乱を呼ぶ! 心ときめくファンタジー絵巻『皇帝の薬膳妃 紅きなつめと再会の約束』

2021年10月21日に発売された注目のアジアン・ファンタジー『皇帝の薬膳妃 紅き棗と再会の約束』。
舞台は五つの都を持つ伍尭國ごぎょうこく。辺境の地で男子のふりをして医術を学んでいた少女・董胡とうこが、なぜか姫として皇帝への輿入れを命じられ――そんな「まさかの展開」から始まるドキドキのファンタジー絵巻です!
妃と医官の一人二役、王宮での秘密の二重生活、運命の人とのすれ違い、おいしそうな薬膳料理……魅力溢れる期待作、特別に試し読みをお届けします!

『皇帝の薬膳妃 紅き棗と再会の約束』試し読み#5

    ◆

「おやかた様に口答えなさったのですか? しつけながら、なんと愚かなことを!」
「恐ろしや。華蘭様でさえ口答えなどなさいませんのに……」
「使用人であったなら、その場で斬り捨てられていましたわ!」
「理不尽に殺された使用人の話なら数えきれないほどございますわ」
 部屋に戻ると、侍女二人は身震いしながらまくしたてた。
 逆らえば斬り捨てられるという話は、侍女たちが大げさに言っているのだと思っていたが、どうやらよくあることらしい。董胡も少し貴族の権力というものが分かってきた。
「だからもうあきらめて下さいと言ったではありませんか!」
「皇帝陛下のおきさきになることが、どうしてそんなに不満なのですか?」
「これほどありがたいお話を断ろうとなさるなんて、不躾ながら、たわけ者ですわ!」
「本当に。とんでもない姫君の侍女になってしまいましたわ。恐ろしや」
 茶民はまくし立て、壇々は眩暈めまいを起こしたのか頭を抱えている。
 どうやら茶民は「不躾ながら」と前置きして本当に不躾なことを言うのが口癖で、壇々は大して恐ろしくなくても「恐ろしや」と言うのが口癖らしい。
 二人の侍女に定石通りの𠮟しつせきを受けながらも、董胡はまだ先ほど告げられたことが信じられなくて、呆然としたままだった。
(卜殷先生が私を攫った? ずっと噓をついていた? そんなまさか……)
 確かに酒癖が悪くいいかげんなところはあったが、医師としての知識は確かで、治療費を払えない貧しい患者が来ても、文句を言いながらもきちんと薬を出すような正義感のある師匠だと尊敬していた。それなのに、ずっと騙していたなんて……。
 それに玄武公のあのひようへんはなんだろう。
 娘への愛情どころか、弱みを握った者への脅迫だった。母と言われる濤麗という姫君に対しても、愛情よりも憎しみを持っているように感じた。
 その娘の董胡を、脅してまで皇帝の后にしたいのはなぜなのか?
「玄武公は華蘭様を可愛がっておられるの?」
 董胡は二人の侍女に尋ねた。
「ええ。華蘭様は正妻である麒麟の奥様との間にできたお子で、それはもう生まれた時から大切に育てておられましたわ」
「側室腹のご子息二人よりも大事にしておられますわよね……」
 麒麟の奥様とは、つまり皇帝の血筋の姫君ということだ。
 伍尭國は皇帝の住む麒麟の都を中央に置き、北に玄武、南にざく、東に青龍、西にびやつの五つの都を持つ五行思想の国だ。
 東西南北の地を治める領主である四公は、守護石を崇奉し独自の術をつかさどる。すなわち玄武は医術、朱雀は芸術、青龍は武術、白虎は商術を中心に栄えてきた。
 そしてその四術の均衡を保つのが天術を司る皇帝の役割であった。古来、皇帝の血筋である麒麟の者は、多少なりとも天のちからを授かると言われている。
 神通力という呼び方をすることもあるが、それがどういった力なのか庶民には知らされていない。ただし皇帝陛下については、未来を読む先読みの力があることだけは広く知れ渡っていて、それゆえに国民は神に等しき尊崇の思いをみかどに抱いていた。
 そんな麒麟の血を受け継ぐ姫君なら、玄武公にとっても格別の存在なのだろう。
「では、なぜその華蘭様を皇帝の后にしないの?」
「それは我々も驚いたのですわ。それに華蘭様付きの侍女の中には私と壇々よりもずっと身分の高い姫君もいるのに、私たちが鼓濤様の侍女にばつてきされたのも驚きましたし」
「華蘭様の侍女でいたかったのかもしれませんけど……帝の后様付きの私たちの方が立場が上になってしまいますのにね。あの気位の高い人たちがよく納得されましたわ」
「そうよ! いつも偉そうに意地悪な命令ばかりされたけれど、今では私たちの方が立場は上なのよ。今度会ったら今までの仕返しをしてやるんだから」
「まあ、茶民ったら、そんな恐ろしいことを……。私はもう会いたくないわ」
 二人はどうやら華蘭の侍女たちにいじめられていたらしい。そして謁見の間での向こうからあざ笑っていたのは、たぶん華蘭と侍女たちなのだろうと思い当たった。
「そうまでして、私を皇帝の后に担ぎ上げるのはなぜだろう?」
 どう考えてもおかしい。
「皇帝陛下の一の后は、四公それぞれの一番身分の高い姫君と決まっているからですわ」
 皇帝陛下の即位と共に、玄武、朱雀、青龍、白虎の四つの宮からそれぞれ一の姫が輿こしれするというのが代々の習わしらしい。
「本当にそれだけの理由で? 突然あらわれた私を一の后にするの?」
 董胡が問い詰めると、二人の侍女は顔を見合わせてから観念したように、「我々が話したと言わないでくださいませね」と言って口を開いた。
「新しい皇帝陛下は不躾ながら……その……噂ではどうしようもないうつけだとか」
「うつけ?」
 うつけとは、平民相手でも失礼なほどの悪口だ。そういえば昨日も「あんな皇帝」とか言っていたっけと思い出した。あんなとは、そういうことかと納得した。
「わがままでかんしやくもちで、気に入らないと平気で人を斬りつけ、皇太子時代のお付きの宮女の中にも命を落とした者がずいぶんいるとか……ああ恐ろしい……」
「き、宮女を斬り捨てるの?」
 平民の間では、皇帝となる方は神のように寛大で慈悲深い特別な人だと聞かされているのに。
「それに……お噂ですけど、華蘭様は皇帝の弟宮様と恋仲だとか……」
「弟宮様?」
「弟宮様の母君は先帝の玄武の一の后様で、お館様の妹君であらせられます。そのご縁で幼い頃からお館様に連れられて王宮でお会いになっていたそうですわ」
「弟宮様の方は、そうめいでお優しくて素晴らしいお方のようです。ここだけの話ですけれど、貴族の間では弟宮様の方が皇帝に相応ふさわしいと口を揃えて申しておりますわ……」
「……ということは……」
「ええ。華蘭様は弟宮様のもとに嫁ぎたいのだと思いますわ」
「お館様は、華蘭様の恋心をわかって、行方知れずの鼓濤様を捜していらしたのですわ」
「立后ぎりぎりで見つかって、華蘭様はほっとしていることでしょう」
 つまり嫌な皇帝への替え玉にするために董胡は呼び寄せられたということらしい。
 ようやく少し分かってきた。
「不躾ながら、もしや鼓濤様もどなたか心に決めた方がおいでなのですか?」
「まあ……。だから帝のお后様だなんてありがたいお話を断ろうとなさるのですか?」
 二人に尋ねられて、董胡はどきりとした。
「図星ですの? なんということでしょう!」
「それはどんな方ですの?」
 だが董胡は首を振った。
「そんなんじゃないよ。そういうことではなく……ただ私はあの方を……」
 そう。五年前に出会ったあの方に対するこの想いは、恋などではない。
 それよりももっと董胡にとっては美しく尊いものだった。
 あの方に出会わなければ、危険をおかして男装してまで麒麟寮に通ったり、正式な医師の免状を取ろうなどと思ったりしなかっただろう。それまでも卜殷に言われて男装はしていたが、無資格の治療院の助手とは訳が違う。国が発行する免状を受けるのだ。ばれれば死罪になるほどのことだった。それでも自分の気持ちを止められなかった。
 もしもあの方に出会っていなければ、今頃董胡はやくぜんまんじゆう作りを趣味にして、静かに暮らしていたかもしれない。あるいは、村の誰かと結婚して子を産み、母となるような人生もあったのかもしれない。
 だが、董胡は出会ってしまった。
 あの瞬間から、もう董胡の進むべき道は他に見えなくなってしまった。
 運命に絡めとられるように、董胡にはこの一本道しか選べなくなったような気がする。
 何か大きな力が働いていたのか、ただ単に董胡の想いがそうさせたのか……。
 今では董胡にもよく分からない。

続きは本書でお楽しみください

『皇帝の薬膳妃 紅きなつめと再会の約束』



皇帝の薬膳妃 紅き棗と再会の約束
著者 尾道 理子
定価: 682円(本体620円+税)
発売日:2021年10月21日

妃と医官の二重生活が王宮に波乱を呼ぶ! 心ときめくファンタジー絵巻。
伍尭國(ごぎょうこく)の北の都、玄武に暮らす少女・董胡(とうこ)は、幼い頃に会った謎の麗人「レイシ」の専属薬膳師になる夢を抱き、男子と偽って医術を学んでいた。しかし突然呼ばれた領主邸で、自身が行方知れずだった領主の娘であると告げられ、姫として皇帝への輿入れを命じられる。なすすべなく王宮へ入った董胡は、皇帝に嫌われようと振る舞うが、医官に変装してこしらえた薬膳饅頭が皇帝のお気に入りとなり――。妃と医官!? 一人二役ファンタジー。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322105000220/
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