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試し読み

【主演 永野芽郁&北村匠海】映画公開記念・原作小説試し読み『君は月夜に光り輝く』 第7回

◎第23回電撃小説大賞《大賞》受賞作!

絶賛公開中! 映画『君は月夜に光り輝く』
映画の公開を記念して、原作小説の冒頭約80ページを7日連続で大公開します!
 
命の輝きが消えるその瞬間。少女が託した最期の願いとは――。
(第1回から読む)






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    6


 隣県の、別に政令指定都市でもない愛生あいみ市は、とくにこれといった特徴のない町だ。
 コンクリートで満遍なく舗装されて、チェーン店に蹂躙されてる。普段、僕の通う高校の生徒が、この町に遊びに来るようなことはまずないだろう。遠すぎるし、代わり映えもしなさすぎる。
 わざわざ電車で三時間もかけてこんなところにやって来たのには、勿論理由があった。
 この町には、まみずの父親が住んでいるのだった。
 何故、こんな遠く離れた場所に父親がいるのかというと、香山が言っていたとおり、まみずの両親が離婚していたからだ。
 母親である律さんと、会社を経営していた父親との間で話が行われ、まみずのことは律さんが引き取ることになったらしい。でも、その離婚の原因というのは律さんから直接聞かされることはなかった。聞いても、はぐらかされるばかり。
「なんで離婚したのか、その理由を、私のお父さんに聞きたいの」
 というのが今回のまみずの「死ぬまでにしたいこと」だった。
 いくら何でも他人の僕に頼むには、それはヘビーすぎるんじゃないのか、と思った。
「お願い。すごく真剣に、死ぬまでにどうしても知りたいの。でも、お父さんの電話番号もメールアドレスも教えてもらってない。どうすればいいかわかんないの」
 そう、まみずは真剣に頼んできた。これまでとは違う、シリアスな口調で。
「もしかして」
 僕は一つ思い当たるところがあった。
「まみずは今まで、このことを頼むために、僕を試してたのか?」
 僕がスノードームを壊したときに、彼女は自分の『死ぬまでにしたいこと』をかわりにやって欲しいと言い出した。そのスノードームは、彼女が父親からもらって、大事にしていた物だった。
 あのスノードームは、まみずの心象風景だったのかもしれない。
 そこだけ時間が止まったように雪が降り続けるガラス球の中の世界。
 その中に佇む家の姿は、かつて幸福だった頃の記憶を、まみずに思い起こさせていたのかもしれない。
 彼女は、あのスノードームのかわりに、父親とのコミュニケーションを欲したのじゃないか? でも、自分は父親に会うことができない。だから代わりに、僕にやらせようと思ったんじゃないか。
 これまでのことは全部、そのためのテストみたいなものだったんじゃないか。いきなり重い頼みをするのは気が引けたからじゃないのか。そんなことを、僕は思った。
「……そんなわけないじゃん。卓也くんに無茶なことさせて遊んでただけだよ」
「まぁ、わかったよ」
 結局まみずのその話を聞いてしまった時点で、なんだか断れないな、という気持ちになっていたのだ。
「やれるだけ、やってみる」
 そう言って、僕は病室をあとにした。

 唯一の手がかりは、住所だけがわかっているということだった。まみずの父親は、かつてまみずたちが家族で暮らしていた家を離れ、自分の実家で暮らしているらしい。その実家が、この愛生市にあった。スマホの地図アプリを頼りに、その実家を探し当てた。
 表札には「深見」と書かれていた。
 少し緊張したが、思い切ってインターホンを鳴らした。
「どなたですか?」
 男の声だった。彼がまみずの父親だろうか?
「深見まことさんはいらっしゃいますでしょうか」
「そんな者は、うちにはおりませんが」
 その声には、何かすごく暗いものがあった。そして、警戒心のようなトーンがそこには含まれていた。でも、確かにまみずの父親はここで暮らしていると聞いている。それなのに、いないというのはどういうことだろう。
「どういったご用件ですか?」
「あの、僕、岡田卓也と申します。実は、まみず……まみずさんの知人でして。少しお話しさせて頂きたいことがあるのですが」
「まみずに何かあったのか?」
 急に声のトーンが変わり、切迫した色を帯びた。そのまま、音声が途切れる。しばらくして、中から中年の男が少し慌てた様子で出てきた。
 無精ひげを生やし、日焼けした浅黒い筋肉質の男で、いかにも寝間着、というような服装をしていた。あまり冴えた印象は受けない。
「私が、深見真です。まみずの父です」
 正直言って、会社を経営している社長、というステレオタイプなイメージからはほど遠い。それが僕のまみずの父親に対する第一印象だった。

「なるほど。話はわかりました」
 僕は真さんに家の中に通され、居間のテーブルで彼に、今日来た用件を話した。まみずが、離婚の理由を知りたがっている、ということを。
「まみずさんは……なんていうか、自分の病気、発光病になってしまったことが、原因じゃないかって思ってるようなんです。それに嫌気がさして、捨てられたんじゃないかって」
「いや……多分、正直に話してこなかった私に原因があるんだと思います」
 そう言って、真さんは僕をまっすぐな目で見た。
「ところで、卓也くんは、まみずの恋人なのかな?」
 ぶ、と思わず出されたお茶を吹き出しかける。
「ち、違います! なんていうか……ただの知り合いです」
「でも、少なくともまみずは、君のことを信用してるんじゃないかな。ただの知り合いに、こんなこと頼んだりしないだろう」
 それは……どうなんだろうと思う。まみずは僕のことをどう思っているんだろう。わかるようで、わからない。
「ところで卓也くんは、私のことをどう思う?」
「へ?」
 そんなことを聞いてくる大人に、僕は初めて出会ったような気がした。高校生の目に、自分がどう写っているのかを気にするなんて、真さんのその問いかけは少し僕には新鮮だった。
「なんだか、すごくワイルドだなって思います」
 正直に言うと、真さんはあっけらかんと笑った。その笑い方は、ちょっとまみずに似ていた。
「とても会社を経営している社長には見えないだろ?」
 笑顔のまま、目つきだけを急に鋭く尖らせて、真さんは言った。そういうところも少しまみずっぽい。
「いや、あの……」
 僕は言葉に窮してしまった。
「君は噓がつけないタイプだな。……苦労するよ、女で」
 そんな暗示めいたことを一つ言い置いてから、真さんは手元にあった自分の分のお茶を一気に飲み干した。
「実はもう、私は社長ではないんだ」
 そして真さんは僕に、離婚の真相を話し始めた。

 真さんは元々、僕たちも暮らす町で小規模な部品メーカーを経営していた。
 ほとんど町工場に近いところから始まったその会社は、幾つかの大手企業との取引を開拓することに成功し、急成長していたそうだ。でも、大規模な設備投資をしたのと同じタイミングで、大口の取引先が潰れ、そのあおりを受けて、倒産、してしまったらしい。
 自己破産に追い込まれた真さんは、悩んだ挙げ句、破産前に律さんと離婚することにした。自己破産となった場合、持ち家や預貯金などの個人資産は全て没収されることになる。
 発光病であるまみずの治療には多額の費用がかかる。治療費のかさむ病気だ。治る可能性もなく、治療法も確立されていない。基本的には入院しながら治療を続けていくことになる。離婚することで、まみずの治療費のためのお金を残すことができる、と真さんは考えたのだ。
 一方、真さんは、債権者や取り立てなどの手前、まみずやその母親と会うことには問題があった。だから連絡先すら、まみずには教えていなかった。真さんはいったん実家に戻り、高齢の母親、まみずにとっては祖母にあたる人と暮らしながら、今は建設現場で危険な肉体労働をしているのだという。そして、こっそり律さんにお金を仕送りしているらしい。
 そのことを二人はまみずに対して秘密にしておくことにした。裕福だった頃の生活しか知らない、病気療養中の娘に、余計な心配をかけたくなかった。
 全て正直に打ち明ければ、まみずが、どうせ通える目処の立たない学校を辞めると言い出すだろうと思った。だけど、いつか奇跡的に病状が回復したときのためにも、真さんは学校を諦めて欲しくなかった。「でも、それだけじゃなく、娘に何もかも正直に打ち明けるには、かつての私は少しプライドが高すぎたのかもしれない」と真さんは言った。
 それがまみずの両親の離婚の真相だった。
 あまりのことに、僕は満足に相づちも打てずに黙って話を聞いていた。話を終えたあと、真さんは「この話、娘に話すのか?」と尋ねてきた。彼の中にはまだ、迷いがあるようだった。
「生意気かもしれないんですが……でも、優しさや配慮で何かを隠すって、僕は残酷なことだと思います。隠された方からしたら、たまったもんじゃないです」
「君、言うねぇ」
 真さんは苦笑しながら僕の話を聞いていた。それでも僕は言葉を続けた。
「まみずさんは、死ぬ前に真実を知りたいと思っています」
「死ぬ、か。随分はっきりした物言いをするんだな」
 ふっと真顔になって真さんが言った。一瞬、怒っているのかと思った。でも、違った。
「卓也くんの言うとおりかもしれないな。まみずに、ちゃんと伝えるべきかもしれない」
 それから真さんは笑顔を作って、僕に笑いかけた。僕はなんだか、喋りすぎた自分が少し気恥ずかしくなって顔を伏せた。
「実は僕、一つ、真さんに謝らなきゃいけないことがあるんです」
 そう言って僕は、鞄からある物を取り出した。それは僕が壊したスノードームだった。
「僕が落として割っちゃって。本当にごめんなさい」
 スノードームの中身の、むき出しになったログハウスが、横倒しになっている。
「君は本当に噓がつけないんだな」
 と言って真さんは驚いたような顔をした。
「いいさ。形ある物は、いつか壊れる」
 と、真さんはまみずと全く同じことを言った。
「でも、まみずは……」
 そこから先、言葉が続けられなかった。
「きっと、悲しんでます。すごく」
 何とか言葉を言い足した。
「わかったよ。まぁ、なんとかする」
 真さんは「気にするな」と僕に言った。
「あの、まみずさんに、連絡先くらい教えてあげてもらえませんか」
 帰り際に、僕は真さんに頼んだ。
 真さんはかなり長い間考え込んでいたが、「会ってくれと言わない約束なら」と僕にメールアドレスを書いたメモを渡してくれた。
「卓也くん、まみずと仲良くしてやってくれよ」
 最後に真さんにそう言われた。僕は「はい」とだけ言った。

 病室に行くと、渡良瀬まみずはやっぱりその日も本を読んでいた。よく見ると、それはいつも同じ文庫本だった。飽きもせずよくそんなに同じ本ばかり読んでいられるな、といつも思う。
「どうだった?」
 その本のページから目も離さずにまみずが言った。
「お父さん、女でもつくってた?」
 それがまみずの本心から出た言葉ではないということは、なんとなくわかった。まみずも、僕の報告を聞くにあたって、緊張しているのだ。それを隠すために、強がるようにそう言っているに過ぎない。それでも僕は、そんな口調や態度で、真さんの話を聞いて欲しくなかった。
「真さん、ちゃんと話してくれたから」
 僕はまみずのベッド横の丸椅子に座り、じっと彼女を見た。それから、彼女が本のページをめくる手を押さえた。
「だから、まみずも、ちゃんと聞いて」
「……わかった」
 やけに素直に、まみずが返事をした。
 それで僕は、真さんから聞いた話を、順を追って彼女に話した。
 真さんは決してまみずのことを見捨てたりしていないこと、それとは正反対に、今もまみずのために一生懸命働いていること。病床のまみずに、生活の心配をさせたくなくて、離婚の理由を黙っていたこと。でも、このことを知ったからといって、まみずには何の心配もして欲しくないこと、これまで通りの気持ちでいて欲しいこと。
 真さんの想いが、なるべく正確に伝わるように、ゆっくりと時間をかけて、僕は話した。そして最後に、真さんから預かってきた連絡先のメモを渡した。
「じゃあ、お父さんとお母さんは、仲が悪くなって離婚したわけじゃなかったんだね」
 まみずは僕の話を聞き終えると、まずそう言った。
「ああ。今でも、大切なパートナーだ、って真さんは言ってたよ」
「ねぇ、卓也くん。私が病気になってなかったら、二人は別れてなかったよね」
 そんなことをまみずは言う。
「違うよ、まみず」
「私なんか、生まれてこなければよかったね」
 まみずは暗い顔で言った。
「そんなことない。真さんは、君のお父さんは、そんなこと思ってない」
 僕は条件反射で、ほとんど何も考えずにそう言っていた。そんなことを当然のように言った自分に、僕自身がビックリした。
「だってそうでしょう。私が病気になって、私は身の回りの人を不幸にしてるだけ。それで、それでも病気が治って生きられるなら、まだ、いいよ。でも、私、多分きっと死ぬんだよ。だったらこんなの、意味ないよね」
 まみずはぞっとするほど暗い声でそう言った。こんなとき、なんて言えばいいんだろう? 僕は何か言おうとした。元気出せよとか、大丈夫だとか、色んな言葉が頭に浮かんだが、でもそのどれも適切なものだとは思えなかった。
「卓也くんだって、迷惑だよね。私みたいな面倒臭い女の子、病気の女の子と会って。言うこと聞いてくれて。私、もう卓也くんに甘えるのも、やめるね」
 そのとき僕は前向きな言葉をまみずにかけることが出来なかった。まみずのその切実な思いは、軽い言葉で癒せるものじゃないと思った。そんな言葉をかけるには、僕という人間は軽すぎるんじゃないかと思った。それに。
 そんな言葉は、僕自身が信じられなかった。自分が信じてないことを口にしても、それはどうしても噓くさく響いてしまうだろうと思った。
「『死ぬまでにしたいこと』のリスト、まだたくさんあるんだろ。次は僕、何をすればいい?」
 僕が言うと、まみずがビックリしたような顔でこちらを見た。
「でも、嫌じゃないの?」
 僕は少し考えてから言った。
「まぁ……嫌じゃないかな」
 それ以上素直になるのは、僕もちょっと難しかった。
「卓也くんって、もしかして、すっごくいい奴?」
 まみずはきょとんとした顔で僕を見た。
「そうだな」
 僕は呆れながら返した。


(このつづきは本編でお楽しみください)
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