日本推理作家協会賞〈短編部門〉候補作。
探偵の真似事に興じる女子高校生がたどり着く、衝撃の真実とは。
『虹を待つ彼女』で横溝賞を受賞し、青春小説の気鋭として注目を集める逸木裕。
最新作『五つの季節に探偵は』は、“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った5つの謎を描く、精緻なミステリ連作短編集です。
それぞれに年代のことなる、バラエティーに富んだ5つの短編から、1編目にあたる「イミテーション・ガールズ」を全文公開します。日本推理作家協会賞〈短編部門〉候補作にもなったミステリ短編をお楽しみください。
逸木 裕『五つの季節に探偵は』収録短編
「イミテーション・ガールズ」試し読み#7
5
深夜。
闇に包まれた通りには、わたしと彼女以外の誰もいない。前を行く彼女は、尾行されていることに気づいていないようだった。
彼女はスニーカーを履いている。ぱたぱたという控え目な足音が、夜の街に響く。わたしは足音を完全に消しながら、それについていく。この二週間で、こういうこともできるようになった。ひとつの足音を響かせながら、わたしたちは夜の中を歩いていく。
ある建物の前で、彼女は足を止める。大きな門が、その行方を閉ざしている。わたしはそっと電柱に身体を隠した。タイミングよく、彼女がきょろきょろと周囲を
彼女は門に手をかけ、ぐっと身体を押し上げた。門を乗り越えようとしているのだ。
その瞬間、わたしは彼女の前に、身を躍らせた。
彼女が、ぎょっとした様子でこちらを見る。わたしはデジカメを構え、フラッシュを
「みどり……」
信じられないという口調だった。門に登った恰好のまま固まっている彼女に、わたしは歩み寄った。
「計画はよかったけど、詰めが甘かったね。でも、ぎりぎりだった。気づくのが遅かったら、危ないところだった」
わたしは
「ちょっと話そうか、怜」
適当な場所がなかったし、ファミレスの明るい照明の下で話す気分でもなかった。わたしたちは、学校──怜が忍び込もうとしていた建物の周囲を、歩きながら話すことにした。
「いくつか、不思議なことがあったんだ」
黙っている怜に向かって、わたしは口火を切った。
「まず、初日の調査のこと。わたしは運よく、最初の日に清田先生と好美の写真を撮ることができた。その時点で目的は充分に果たしていたのに、怜は、清田先生と好美のツーショットにこだわった」
「……それは、言ったよね。清田と好美は、別々に写真に写ってた。ふたり一緒じゃないと、完全な証拠にならない」
「完全な証拠にはならないかもしれないけど、清田先生を脅す目的なら、充分使えたはず。その後の調査も同じだよ。色々な女の子とのツーショットが撮れたのに、怜は納得しなかった」
「だから、大勢と付き合ってるのはそんなに大きな問題じゃないし、援交だって証拠もない。それも言ったでしょ」
「苦しい言い訳だね。じゃあ、なんで怜はこんな深夜に、学校に忍び込もうとしてたの? 忘れものを取りにきたとか、そんな話は、なしだよ。あと七時間すれば校門が開く」
怜は、今度は答えられなかった。
「怜の目的は、知ってるよ」
「目的?」
「そう」
怪訝な表情の彼女に向かい、わたしは言った。
「好美のターゲットを、わたしに変更させる。それが本当の目的だったんだよね」
怜は驚いた表情でわたしを見た。
「怜は、最初から清田先生を脅すつもりなんかなかった。好美の矛先をわたしに向けさせること──それが目的だったんだ」
何を、どう話すか。わたしは頭の中を整理しながら言った。
「これは推測なんだけど……前提として、怜は何かのときに、清田先生と好美が身体の関係を持っていることを知ったんだと思う。そして、これを好美との関係改善に使えないか、考えた。最初はストレートに清田先生を脅して、好美をなだめてもらう……っていう計画だったのかもしれない。でも、そんなの上手くいくか判らないよね。清田先生が介入してきたからって、好美が言うことを聞く保証はないもの。怜は、もっと確実な計画を考えた。好美の憎悪を抑えるんじゃなくて、膨らませて、別の誰かに向けてしまえばいいって」
怜は、わたしから目を
「好美に誰かを憎ませる。その方法を、怜は思いついたんだ。誰かが、清田先生と好美の関係を暴露して、好美に恥をかかせる、そういう状況を作ればいい。親が探偵をやってるわたしは、怜にとって都合のいいターゲットだったんだね。本を焦がしたのも、わたしの気を引くためだったのかな?」
「あの本は、放火の研究をしてるときに……」
「もうそんな脅しには乗らないよ。怜は、わたしに調査を依頼する。第一段階として、わたしにふたりのことを目撃させて、写真を撮らせる。第二段階は、わたしが調査しているところを、好美に目撃させること。あれだけたくさんの写真が撮れたのに、怜が調査を引き延ばしていた理由は、それ。好美がわたしに気づくのを、待ってたんだ」
「私が好美を操ったっていうの? そんなこと、できるわけない」
「できるよ。怜は好美に密告したんだ。榊原みどりが清田先生とのことを探ってるから、気をつけろって」
「だから、無理だよ。私がそんなこと言って、好美が聞くと思う?」
「面と向かって言う必要はないでしょ。わたしは、匿名の手紙を送ったんだと思ってる。ひょっとしたら、清田先生を尾行しているわたしの写真をこっそり撮って、一緒に送ったりしたのかな?」
怜は反応を見せなかった。少し想像が過ぎたようだったが、本筋は外れていないはずだ。
「今日、わたしは清田先生のことを尾行してた。密告を受けた好美は、わたしのことを見つけた。なんとかその場はごまかしたけど、好美の中には変な調査をされているかもしれないっていう疑念が生まれたはず。わたしは怜に、見つかったことを報告した。そこで、怜は最後の仕上げに走った。怜は学校に忍び込んで、清田先生と好美の写真を、教室に貼りだそうとしたんだね」
怜のハンドバッグが、ぴくりと揺れる。その中に、写真が入っているのだろう。
「朝、登校してきたみんなは、密会の写真を見る。学校中が大騒ぎになるよね。メンツを
「……証拠はあるの?」
強い口調で、反論してくる。
「色々言ってるけど、全部想像だよね。調査を延ばしてた理由はいままで説明してきたでしょ」
「じゃあ、なんでこんな時間に学校にきたの?」
「忘れものを取りにきただけだよ。今夜回収しておきたかっただけ。みどりの言ってることには、何も証拠がない」
「証拠は、あるんだな」
(つづく)
作品紹介・あらすじ
五つの季節に探偵は
著者 逸木 裕
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年01月28日
“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った、魅惑的な5つの謎。
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質を抱えている。
高校二年生の榊原みどりは、同級生から「担任の弱みを握ってほしい」と依頼される。担任を尾行したみどりはやがて、隠された“人の本性”を見ることに喜びを覚え――。(「イミテーション・ガールズ」)
探偵事務所に就職したみどりは、旅先である女性から〈指揮者〉と〈ピアノ売り〉の逸話を聞かされる。そこに贖罪の意識を感じ取ったみどりは、彼女の話に含まれた秘密に気づいてしまい――。(「スケーターズ・ワルツ」)
精緻なミステリ×重厚な人間ドラマ。じんわりほろ苦い連作短編集。
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『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー
「世間など関係なく、自分のルールに従って生きる人間が最強だと思います」ミステリ界の新鋭・逸木裕が描く、強烈な個性を持つヒロインたち
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html
『五つの季節に探偵は』レビュー
秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】
https://kadobun.jp/reviews/entry-45177.html