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試し読み

選考委員の有栖川有栖が「恐怖と謎がしっかりと絡んでいる」と太鼓判!横溝正史ミステリ&ホラー大賞《大賞》受賞作!【原浩『火喰鳥を、喰う』試し読み④】

KADOKAWAの新人文学賞として、ともに四半世紀以上の歴史を持つ「横溝正史ミステリ大賞(第38回まで)」と「日本ホラー小説大賞(第25回まで)」。
この2つを統合し、ミステリとホラーの2大ジャンルを対象とした新たな新人賞「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」が2019年に創設されました。
そして2020年、2つの賞の統合後、はじめての大賞受賞作『火喰鳥を、喰う』が12月11日に発売となります。
選考委員の有栖川有栖氏が「ミステリ&ホラー大賞にふさわしい」と太鼓判を押し、同じく選考委員の辻村深月氏が「謎への引きこみ方が見事」と激賞した本作。
第一章の試し読みを特別に公開いたします。
ミステリとホラーが見事に融合した衝撃のデビュー作、是非チェックしてくださいね。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

>>第3回へ

 記事によると、かの地に眠る幾多の日本人への鎮魂の祭儀が、先月、七月下旬に執り行われたらしい。現在のパプアニューギニアの諸所、ポートモレスビー、ウエワク、マダンといった兵士たちが落命した複数の戦地で巡拝がなされたという。日本から訪れた多くの遺族と同行した神主が椰子の木を背に祭壇を拝する、慰霊祭の写真も掲載されていた。
 こうした催しが今もなお続けられていることに、私は軽い驚きを覚えた。「慰霊巡拝の最終日に訪れたのはアファという河畔の小さな村でした。トラブルも無く、慰霊も滞りなく済みましたが、最後になって現地のガイド役の運転手が、自宅に日本兵の手帳があるので遺族に返還してほしいと申し出てきたのです」
 与沢は眼鏡をくいと押さえて一呼吸おくと、話を先へ続けた。ゆっくりと言葉を継ぐのは、高齢の保への配慮かもしれない。
「ガイドの方のお名前は……、えと、何でしたっけ? 玄田さん」
「マイケル・ドゥサバ」尋ねられた玄田が答えた。
「そうそう、ガイドの名前はマイケルさんという男性で、玄田の紹介だったんです。……そのマイケルさんの祖父、ラプレ・ドゥサバ氏は一昨年亡くなり、既に故人です。今年、マイケルさんが祖父の遺品を整理していたところ、油紙に包まれた黒い手帳が見つかりました。マイケルさんは日本語を読めませんが、現地には日本の言葉をある程度は理解できるお年寄りが多くいらっしゃいます」
「日本軍占領の遺風ですね」亮が口を挟む。「日本軍を好意的に捉えている人達もいたと聞きますよ」
 与沢は頷くと、話を先へ続けた。
「そこで、どうやらこれは日本兵の手帳であろうという結論になったそうなんです。処置を思案していたところ、折よく我々が現地を訪れた。まさにグッドタイミングだったんですね。廃棄される可能性もあったわけですから。日記自体はアイタペという街の、マイケルさんのご実家に置いてあるとのことでした。ただ日程の都合上、その時は伺うことができなかったので、帰国後に私共にメールで写真を送って頂きました。手帳の表紙と中身を数枚です。内容はやはり旧日本軍の従軍日記でした。そして表紙裏の最初の頁に、持ち主と思おぼしき久喜貞市という名前の記載がありました」
 久喜貞市。墓石を思い出し、寒気がした。仏壇に位牌もある筈だが、これまで気にかけたことも無かった名前だ。それなのに今日に限っては何度もその名を耳にしている。
「送られてきた画像には所属部隊等の記載が見当たりませんでした。ただ慰霊祭の実行委員の中に弊社のOBがおりまして、昔、戦後復員の記事を執筆しました。南方で落命された久喜貞市さんのお名前がたまたまその者の記憶にあったのだそうです。ともあれ、我々は責任を持ってご遺族に返還する旨をお伝えして、ニューギニアより従軍日記を送って頂きました」
 そう言うと、与沢は傍らの鞄から大きな茶封筒を取り出した。中から慎重な手つきで白い紙に包まれた何かを引き出すと、恭しく卓上に置く。皆の視線が注がれる中、白紙の折り目が解かれて一冊の黒手帳が現れた。
「この手帳です」
 手帳は小型で細長く、縦十五センチ、横七、八センチ程度のものだった。現代でいえば最もコンパクトな部類のビジネスダイアリーといったところだ。表紙は黒革で文字は無いが、ところどころに薄茶色の染みが落ちている。
「表紙を開くと、こちらにお名前があります」
 与沢が表紙をめくると、確かに「久喜貞市」と達筆な四文字がある。罫線は横に引かれているが、手帳を横に寝かせて使っていたらしく、罫線に沿って縦書きで記されている。紙面は黄ばんでいて、虫が食ったのか所々小さな穴が開いていた。
 与沢記者はさらに頁を繰った。
「先んじてお電話でお話しさせて頂きました通り、数頁めくると筆者の所属部隊の記載がありました。第二百九飛行場大隊……昭和十八年の日付です」
「じいちゃん、これ、大伯父の所属部隊で間違いないんだよね?」私が確認すると、保は神妙な面持ちで首肯した。
「ほうよ。開戦時は満州だに」
「じゃ、やっぱりうちの貞市さんのもので決まりね」伸子がうんうんと頷く。
「この日記を持っていたガイドのお祖父さん、ラプレさん? ――は、これをどこで手に入れたのですかね?」と、私は与沢に尋ねた。
「当時を知るご親族のお話によりますと、戦時中ラプレさんはアイタペの山岳地帯で日本兵と遭遇したそうです。後にそこへ連合軍の部隊を案内したと。その際、一名の日本兵を発見し射殺したそうです。終戦まであとわずかという時期です」
「それが手帳の持ち主ってことですか」
「おそらく。七十年前なので詳しい経緯はわかりませんが、ラプレ氏はその時に日記を入手したのでしょう。当時の米軍は日本兵の従軍日記を情報源として全て回収し、分析活用していたそうです。しかし、ラプレ氏に同行していたのはアメリカではなく、オーストラリア軍です。彼らはその点を徹底していなかったのかもしれませんね」
「その時射殺された兵隊が大伯父だとすれば、戦死の状況は、藤村さんから聞いていた話と合致するんだよね?」
 私の質問に保はわずかに目を伏せることで同意した。
 久喜貞市は所属部隊の離散後、多くの兵士と共に密林に逃亡潜伏したらしい。そこで行動を共にした二人の部下は終戦後に現地で捕虜となったが、その後無事に復員した。大伯父の部隊で生き残りはその二名のみであったという。久喜家に伝えられた大伯父の死の状況は、帰還した彼等の証言からわかったことだ。そのうちの一人、藤村栄は、今もなお存命と聞いている。
「貞市さんの日記は昭和十八年の一月から記されています」
 与沢が卓上中央に日記を寄せ、囲む一同で覗き込む。黒インクの文字は雨水を吸ったのか所々滲んでいたが、十分に判読できる。とはいえ所々片仮名混じりの達筆は、読みやすいとは言えない。

(つづく)


書影

原浩『火喰鳥を、喰う』


原浩『火喰鳥を、喰う』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000502/


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