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試し読み

【第1章がまるごと読める!】ホラー界の異才が満を持して放つ、因習に満ちた村の怪異――芦花公園『極楽に至る忌門』試し読み

 匠はバスに乗り込んだ時、ハッとしたような顔をして会釈をした。匠の視線の先には、花柄の前掛けをつけた老女がいた。
 しかし、老女は、それを無視した。気がつかなかったというふうではない。明らかに、目をらしたのだ。
 匠は一瞬傷ついたような顔をしたが、黙って二人掛けの席に座り、隼人に隣に座るように促した。
 四つ先で老女が降りていくと、
「あの人、ざきさん。よく家に来て、自分の家で採れた野菜とか、それで作った料理とか差し入れてくれた人なんだ。小さい頃は、よく一緒に遊んでくれて……でも、忘れちゃったのかな。俺、結構背も伸びたし」
「いや、お前はずっとチビだろ」
 冗談めかしてそうは言ったが、まったく笑えなかった。
 匠が話していた「吉野家」のことを思い出す。
 ある一つのおくそくを、隼人は真実として確信しつつあった。
 ほぼ間違いなく、匠の祖母は、この土地の人間とめている。
 だから、野崎は孫の匠のことを無視するのだ。
 野崎だけではない。バス停にいたときも、バスに乗り込んだ時の乗客も、一切匠と目を合わせようとしない。野崎ほど仲良くなかったにしても、「みんな家族」という言葉が本当なら、大学進学までこの土地に住んでいた人間が帰ってきたら、声くらいかけるのではないか。
「隼人はこんな景色見たことないでしょ」
 そう言って匠は、窓の外の風景を眺める。確かに、見渡す限りの田畑は隼人にとって新鮮だ。しかし、そんなものはどうでもいい。
 バス停に停まり、新しい乗客が乗ってくるたび、隼人の臆測は確信に近づいていく。
 誰も声をかけてこない。それどころか、目も合わない。
 全員が全員、お通夜のように下を向いてしまう。
 そう、お通夜だ。
「大丈夫か?」
 そう聞いても、匠はいつもどおり、柔和な笑みを浮かべる。
「え? どう考えても俺の方が隼人より長距離移動に慣れてるでしょ」
「いや、そういうことじゃなくて……」
 隼人はそれ以上、何も言えなかった。ここで何かを言うべきではない。誰が聞いているか分からないのだから。
 バスの電光掲示板が匠の実家のよりバス停の名前を表示する。匠は立ち上がり、扉が開いたと同時に飛び降りた。慌てて隼人も後に続く。バスの運転手すら何も言わない。やはり、何かがおかしいのは明白だった。
 長いコンクリートの塀がずっと続いている。
「ここだよ」
 ふと、匠が立ち止まった。
『籠生』という表札がついている、木造の平屋だ。田舎だからか、それなりに大きい。しかし、お世辞にも新しい建物には見えない。
 匠は玄関を開ける。やはり、かぎはかかっていないようだった。
「おばあちゃん、ただいま」
 奥からぱたぱたと足音が聞こえて、年配の女性が出て来た。紺色のシャツに、黒いズボンを合わせている。華奢で小さくて色白。匠の容姿は彼女譲りなのかもしれない。
「匠、おかえり」
 匠の祖母は匠に似た顔に笑みを浮かべ、視線を隼人に移す。
「匠のお友達?」
「あっ、はい、志村隼人と言います。匠くんとは大学で仲良くさせてもらっています。これ、つまらないものですが」
「あら、そんな、ええのに。申し訳ないわねえ」
 彼女は嬉しそうに菓子を受け取り、再び紙袋にしまい込んだ。そして隼人を見て、
「素敵やねえ、都会の子は、シュッとしてて」
「都会の子っていうより、隼人がシュッとしてるんだよね」
 祖母と孫の和やかな会話だ。変わった様子はない。
 もし、隼人の臆測どおりなら、もう少ししょうすいしていてもおかしくないが──
「ほらほら、上がってちょうだい」
「あっ、失礼します」
 匠の祖母は久しぶりに孫に会えたことが嬉しいらしく、声が弾んでいる。やはり、村八分にされた可哀想な老人には見えなかった。
 食事の準備を手伝うと言っても固辞されたので、隼人は匠の部屋で過ごすことになった。時間まで自由に過ごしていいということだったが、外出しても特に何もすることはないからだ。
「この辺、本当に、何もないんだ」
 その言葉どおり、匠の家の周辺は竹林に囲まれていて、隣の民家もかなり離れている。
「小学校にも中学校にも高校にも、すっごい時間かけて通ってた」
 アルバムを見せながら匠は言う。
 写真には、無邪気に笑う幼少期の匠と共に、小柄で色白の女性が写っている。
「これ、お母さん?」
「うん。そう」
 親子三代でよく似ているな、と隼人は思った。
 キキキ、と聞いたこともない動物の鳴き声が窓の外から聞こえた。
「なあ、すっごい失礼なこと言ってたら申し訳ないんだけどさ」
「なに?」
「お前、ここから東京出てくるの、すっげえ苦労したんじゃないか?」
「ううん?」
 まゆひそめる匠に、隼人は慌てて言葉を付け加える。
「いや、田舎を馬鹿にしてるとかじゃねえんだ。だけどさ、やっぱり、学習環境的なハンデみたいなのはあると思うよ。だから、努力したんだなあと」
 匠はもう一度ううん、と言った後、
「努力……まあ、そうだね、あったかも。でも、それは、母親もおばあちゃんも、昔からずっと、ここからは出て行った方がいいみたいなこと言ってたからね」
 俺は地元嫌いじゃないよ、と匠は言った。
「ただ、前にも話したことあるだろ。やっぱり、上の世代的には、俺もそういうふうに染まっちゃうのが嫌だったんじゃないかな。価値観の問題だし、どっちが悪いって言うんじゃないけど」
「そうか……」
 バスの中の様子を思い出す。匠の祖母や母親が東京に出ろと言っていたのは、あのような目に遭うからなのだろうか。
「匠、隼人君、ご飯よ」
 隼人の思考は強制的に止められた。
 匠と一緒に、居間へ行く。
 煮魚と、みそ汁と、とうみょういため物。それにでたインゲンと漬物がある。
しそうだ」
「あらあ、ありがとう。都会の子には、こんなもん、地味でしょうもないと思われるかもしれんけど」
「いや、そんなことは」
「おばあちゃん!」
 匠が隼人の言葉を遮って言った。
「都会都会って、ちょっと感じ悪いよ。そんなこと言われたって、隼人が困るだけだろ」
「そうねえ、ごめんねえ」
 匠の祖母は拝むように手を合わせて、ぺこぺこと頭を下げた。
「すごく美味しそうです。いただきます」
 取り立ててものすごくうまいということはない。しかし、気まずさから、隼人は必要以上にうまいうまいと言って白飯と共にかき込んだ。
 匠の祖母はにこにこと微笑みながら、じっと二人の食うさまを見ていた。
 ちゃわんの中の米が半分くらいになった時、匠がはしを置いて、
「あのさ」
 と言った。
「あ、なあに?」
「あのさ、なんか、この辺、様子変わった?」


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