「砂漠の狐」ロンメル

【試し読み】大木毅『「砂漠の狐」ロンメル』「あとがき」
『「砂漠の狐」回想録』をはじめ、ドイツ軍事史の貴重な書を数多く訳してきた現代史家の大木毅氏。大木氏が満を持して著した『「砂漠の狐」ロンメル』が、3月9日(土)に遂に発売となります。
「試し読み」二日連続公開の本日は、「あとがき」です。
実は、執筆のきっかけは、角川新書より昨年刊行した呉座勇一さんの『陰謀の日本中世史』でした。日本中世史だけでなく、近現代史、欧州軍事史も俗説、妄説が蔓延してしまっている現状。その危機感を抱いてきた大木氏が、ご自分の専門でも俗説打破をしなければ!と決意して取り組まれたのが『「砂漠の狐」ロンメル』です。
その経緯と問題意識を率直に綴った「あとがき」を、ぜひご覧いただき、本書を応援していただければ幸甚です。
どうぞご覧ください!!
あとがき
ロンメルについての小論を初めて発表したのは、30年あまり前になる。
彼の戦略的な能力や「名将」との評価に疑問を呈する挑発的な内容だったので、どんな反応が来るかと、心中、戦々恐々としていたことを覚えている。とはいえ、今日となっては、それも常識的な議論にすぎない。ただ、著者(大木)は、その後もロンメルについては尽きせぬ興味を抱いており、史資料を読んでは、折に触れて、彼に関する文章を書いてきた(本書の一部は、それらをもとに加筆訂正を加え、より詳しく述べたものである)。こうした作業を続けるうちに、ロンメル伝をまとめようと思い立ったわけだが、その背景には、つぎのような事情がある。
日本では、慣習的に、あるいは、戦争に対する嫌悪の感情から、軍事はアカデミズムにおいて扱われない。一方、「本職」の自衛隊や旧軍人のあいだでも、戦前、みっちりとドイツ語教育を受けた世代が退くにつれ、第二次世界大戦の欧州方面の歴史に関する研究が紹介されることもなくなってきた。
その結果、ロンメルについても、欧米の研究者があげた成果とのあいだに大きなギャップが生じた。もちろん、ミリタリー本などでは、多々ロンメルが取り上げられてはいたものの、それらのほとんどは、1980年代の段階にとどまっており、なかには、アーヴィングの『狐の足跡』の歪曲を無批判に踏襲するばかりか、誇張して広めるものさえあったのだ。
かかる状況に鬱々としていたところ、旧知の呉座勇一氏(国際日本文化研究センター助教)に、御著作の『陰謀の日本中世史』(角川新書、2018年)をいただき、一読、陰謀論や妄説を徹底的に批判するその姿勢に感銘を受けた。著者よりもずっと年若な呉座氏の奮闘ぶりに打たれ、外国史、あるいは戦史・軍事史の分野でも、ささやかながら、先に述べたギャップを埋め、今日、ここまではわかっているという研究の現状を提示すべきであろうと思われたのである。
幸い、呉座氏の紹介で知己を得たKADOKAWAの編集者、岸山征寛氏にそうした企画の動機をお話ししたところ、出版を快諾していただき、本書を上梓する運びとなった。むろん、編集作業にあたってくださったのも岸山氏である。また、作品社と国際通信社は、両社の出版物に掲載された図版の本書への転載を、こころよく認めてくださり、福田隆雄氏(作品社)と松井克浩氏(国際通信社)にデータ提供でお手をわずらわせた。呉座、岸山、福田、松井の各氏に、記して感謝申し上げたい。
とはいえ、本書にも示したごとく、ロンメルの評価は、ドイツの政治情勢の変化とともに、なお現在進行形で議論の対象となっている。とくに、ドイツ革命期やナチズムとの関わりについては、今後いっそうの光が当てられるものと思われる。いずれは、そうした研究の成果を反映することが必要になってくるかもしれないが、ひとまず現状報告として、本書を読者のみなさまに提供するしだいだ。
二〇一九年一月
大木 毅