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連載

藤野恵美「きみの傷跡」 vol.1

【新連載 藤野恵美「きみの傷跡」】大学の新歓祭、写真部のブース。目が合って、好きにならずにいられなかった。#1-1

藤野恵美「きみの傷跡」

      1

 目が合っただけで、好きになってしまう。
 我ながら愚かだとは思うが、中学高校と六年間も男子ばかりの環境で育ってきたので、女子という存在に免疫がさっぱりなく、ついつい妄想が暴走しがちなのである。
 そのせいで、大学に入ってから数々の失敗をした。
 入学してしばらくはおなじ教室内に女子がいるという状態に慣れず、過度に緊張して、会話を交わすどころか、そちらを見ることすらできなかった。ほかの男子たちは女子たちに声をかけ、仲良しグループを構成して、親睦会などを行っていたようだが、もちろん輪に入ることはできず、ぼっち街道まっしぐらであった。
 そんな折、ひとりの女子と目が合った。なぜか、視線が合う。相手は度々、ちらちらとこちらを見て、なにか言いたげにしていたのである。恋の始まりを予感した。運命の出会いだと確信した。ある日、女子はついに近づいてきて、俺に声をかけた。わずかに頰を染め、はにかみながら、こう言ったのだ。ノート貸してくれない、と。そんな出会いをきっかけにして、ふたりの仲は深まったと思っていたところ、その女子はテニスサークルに所属しているチャラ男の彼女であるということが発覚したのであった。
 大学一年目の失恋。まあ、すべてはこちらの勘違いであり、ひとり相撲ずもうだったわけだが、夢は打ち砕かれ、ひそかにむせび泣くしかなかった。
 しかも、その女子とはそれからも何度か会話を交わしたのだが、俺の名前をホソノくんと呼んでおり、心のなかで「ほしだから!」と叫びつつ、依然として訂正することができていない。
 その後も、心を引き締めていたつもりなのに、学食でひとりランチをしていたら女性に話しかけられて、もう少しで英会話教室の入会金を支払いそうになったり、キャンパスをひとり歩いていたら女性に話しかけられて、よくわからない宗教のイベントに連れて行かれてほうほうの体で逃げ帰ったりと、散々な目にあったのだった。
「はあ、結局、彼女ができないまま、一年が過ぎてしまった……」
 行き交うひとびとを見ながら、つぶやきを漏らす。
 今日は新入生歓迎祭が行われており、俺は友人のささがわゆうと並んで、ブースで待機していた。
 我々が所属しているのは写真部なので、ブースのパネルにはこれまでに撮った写真が大きく展示されている。俺の写真は主に飛行機が被写体となっており、笹川の撮った写真は野良猫が多い。
「なんだ、唐突に」
 正面を向いたまま、笹川が言う。
「いや、新入生の若さがまぶしくて」
 構内には爽やかな風が吹いていた。生い茂る木々が揺れ、のぼりがはためき、打ち捨てられたビラが舞う。新入生たちは初々しく、誰もがこれから始まるキャンパスライフに胸を膨らませているようだ。
「若い、って……。一年しか変わらないだろ」
 苦笑まじりの声で、笹川は返してきた。
「そうだけど、新入生は希望に満ちあふれてるよな。俺も去年はあんなふうだったなんて、信じられないっていうか」
 暗黒の男子校時代には、大学に受かりさえすれば、汗臭い教室とはおさらばできて、色の日々が待っていると信じて、真面目に勉学に打ち込んだ。しかし、実際の大学生活は、自分が思い描いていたような甘いものではなかった。
 たとえ女子と接する機会が増えたとしても、コミュ力がなければ、そこから発展していくことは至難の業だ。まわりに女子がいないときは、色恋沙汰と無縁であることを環境のせいにできた。だが、自分の生活圏に女子が生息するようになったのに、彼女ができていないというのは、己のスキル不足、実力の結果であり、もはや言い訳ができない。
 この一年で現実の過酷さを思い知らされ、いまの自分は去年とは別人のような気分であった。
「だいたいさ、そんなに彼女って欲しいものか?」
 笹川が言わずもがなのことを口にする。
「そりゃ、欲しいだろ。欲しいに決まってる。欲しくないわけがない。笹川、まさか、おまえ、いまの自分は彼女がいないわけじゃなく、欲しくないから作ってないだけだとか言い出すつもりか?」
「うーん、まあ、欲しくないわけじゃないが、でも、べつに無理して作ろうとも思わないかな」
うそつくな」
 女子の前ならカッコつけて彼女いらない発言をするのもわからなくはないが、男同士なのだから本音で話してもらいたいものだ。
「噓じゃないって。つきあえたら誰でもいいわけじゃなく、相手によるだろ」
「まあ、もちろん、よほどアレな女子だと考えるが。ふつうの彼女が欲しい」
「ふつうって、なんだよ」
「そんなに美人でなくていいから、ふつうにわいくて、ふつうに優しい女子とつきあいたい」
「いやいや、ふつうに優しい女子とか、めっちゃレアだから」
 やけにきっぱりと笹川は断言した。
「じゃあ、笹川はどういう女子とつきあいたいんだよ」
「えっ、それは……」
 答えに詰まったあと、笹川は沈黙する。
「おいおい、そんなに真剣に考え込むなよ」
「ああ、ごめん。真面目に答えるか、アニメキャラでたとえようか悩んでた」
「なるほど。それで、アニメキャラでたとえると、どんな女子が好みなんだ?」
 そんな会話をしているあいだにも、多くの新入生たちが通り過ぎていく。
 我々のブースの前で足を止める者はおろか、ちらりと見る者さえいない。
「新入生、来ないな」
 笹川がぽつりと言う。
 話をらされた気がしないでもないが、深くは追及しないでおこう。
「来ないな」
 正面を向いたまま、俺も答える。
 ステージではよさこいやら軽音楽やら英語劇やら、さまざまな催しが行われ、新入生歓迎祭は大盛り上がりだ。
 運動部はユニフォームやそろいのジャージを着て、声を張り上げ、新入生に自分たちの部をアピールしている。特に華やかなのは、ラクロス部だ。ラクロス部は美人が多いといううわさを耳にしてはいたが、集団となると圧倒的であった。まさに健康美という感じで、そこだけ光を放っているかのようだ。そのきらきらした雰囲気に引き寄せられるように、可愛い新入生たちが集まっている。
 そして、我が写真部はといえば、えない容姿の男がふたり座っているだけで、呼び込みすらしていない。まったくもって目立たないブースであり、興味を示してくれる新入生はこれまでのところ皆無だった。
「でも、ほら、先輩たちがビラを配りに行ってから、まだそんなに時間も経ってないし。そのうち、誰かが新入生を連れて戻って来るって」
 笹川がなぐさめるように言った。
 その口調にどこかごとのような響きがあるのは、笹川はサークルを掛け持ちしているからだろう。写真部だけに所属しているわけじゃないので、もし、新入生が集まらなくても、ほかに居場所がある。
「笹川、映研のほうはいいのか?」
「あっちは人手が足りてるから」
 二年生が俺と笹川しかいない写真部とちがって、映画研究会は人材が豊富でうらやましいかぎりだ。
「この調子だと、新歓コンパも、いつものメンバーだけかもな」
 考えたくない事態ではあるが、そんな悲しい想像をしてしまう。
「ああ、たしかに」
「でも、笹川は俺のことは気にせず、映研のほうの新歓コンパに行ってくれ」
「そう言われると、すごく行きにくいんだが」
「映研のメンバーって、女子が半数を占めてるもんな。しかも、可愛い子が多い。女性の先輩が多いと、新入生の女子も入りやすいだろうし、ますます女子率が高くなるわけで。うちなんか絶望的だもんな」
 よしんばカメラに興味のある新入生がいたとしても、それが女子であれば、いかにもモテなそうな男ふたりが並んだ地味なブースを訪れようという気にはならないだろう。
 俺たちではなく、女性の先輩にブースを任せたほうがよかったのではないかという気がしないでもないが……。
「星野も映研のコンパ、来るか?」
「行けるわけないだろ。俺、二年だぞ」
「二年から入るってのもありだし」
「写真部を裏切ることはできん」
「なんだよ、それ。サークル掛け持ちしている僕が、まるで浮気者みたいじゃないか」
 冗談めかした声で言って、笹川は笑う。
「そういや、笹川はなんで写真部に入ったんだ?」
 入部当初、笹川は自前のカメラを持っておらず、機材についての知識もほとんどなかった。
「なんとなく。それこそ、新歓祭でビラを渡されて、その流れでブースに連れて行かれて、気づいたら入部することになってたんだよな」
「写真に興味なかったのに?」
「新入生がひとりも確保できていないって聞いて、断りづらくて。だから、新歓の撮影会で星野に会って、新入生がほかにもいるとわかったときには、ほっとしたよ」
 こちらも、そのときのことはよく覚えていた。学部では特定のグループに入り損ねていたので、写真部で笹川という友人ができたことはまさにぎようこうであったと言えよう。
 笹川はいちおうは共学の高校出身らしいのだが、遊び慣れた雰囲気はじんも感じられず、話していると男子校時代のような安らぎがあった。
「映研のほうは?」
「そっちも、なんとなく流れで」
「おまえ、流されやすいにもほどがあるだろ」
「まあ、映画もそこそこ観るほうだから、話の合う友達ができそうかなと思って。実際に入ってみたら、ガチの自主映画作りサークルで、異常にコミュ力の高いひとらの集まりでビビったけど」
「でも、あっちにもめてるんだから、笹川にも実はそういう素質があったってことだよな」
 俺なんか、物の見事に大学デビューを失敗してしまったのだが……。
「馴染めてるのか、いまいち自信ないけど。僕としては、こっちで星野としやべってるほうが気楽だし。映研も楽しいのは楽しいんだけど、人数多すぎて、誰かと仲良くなるっていうより、自分の役割をこなしてるって感じだから」
「サークル内カップルも多いんだろ?」
「それも良ししみたいだぞ。別れたあと、気まずいし」
「ああ、たしかにそうか」
「写真部はひとりひとり勝手にやってる感じで、それがいいところだと思うし。あ、でも、もしかして、人数が少なすぎたら、廃部の危機とかそういうのあるのか?」
 それについては、俺も不安を感じていたので、部長に確認したことがあった。
「もともと、うちの場合、写真部と言いながらも、運動部とちがって厳しい練習もないし、ほとんどサークルだからな。かつては人数が多くて、歴代の先輩方がフォトコンテストとかで実績を上げたりしていたおかげで、部活扱いになって、それなりの予算がついてるから、フィルムとか買い放題らしいんだけど」
「ほう、なるほど」
「で、もし、部員が五名以下になったら、解散して、新たに同好会として立ち上げる必要があるみたい。そうなると、予算も縮小されるってわけだ。このまま新入生が入らなくて、四年生が卒業すると、来年、やばいかもな」
「伝統のある部が、自分たちの代でつぶれたりしたら、申し訳ないよな」
 そう言いながらも、笹川はブースから立ち上がらない。俺も笹川も、自分から積極的に声をかけるタイプではなかった。誰かがやって来るのを、ここで待ち続けているだけだ。
「これも時代の流れってやつだろうな」
 半ば諦めた気持ちで、俺は言う。
 写真部に思い入れはあるものの、仕方がないという気もしていた。
「スマホでそれなりのクオリティの写真が撮れるんだから、いまどき、わざわざカメラを趣味にする人間なんて……」
 言葉の途中で、俺は目を見開いた。
 ひとりの女子が歩いてきたのだ。
 まっすぐに、こちらへ向かって。
 首にはカメラを下げている。
 一瞬で、心をつかまれた。
 新歓祭のざわめきが消え、背景はぼんやりとかすみ、その女子だけがくっきりと浮かびあがっていた。
「あ、カメラ女子、発見」
 隣で笹川がつぶやいたが、いまさらである。そんなもの、俺はとうの昔に気づいていた。
 そう告げようと思うのに、声が喉に張り付いて、言葉が出ない。
 視線はくぎ付けのままだ。
 背が小さくて、きやしやな肩に、細い手足。はかなげで守ってあげたくなるような雰囲気の女子なのに、首から下げているのは無骨な一眼レフである。風にさらさらと揺れる黒髪に、真っ黒なボディがよく似合っている。
 機種はなんだ? この距離だとさすがに機種までは判別できないが、ペンタックスのようだ。俺もペンタックスユーザーなので、仲間を見つけた気分になり、ぜんテンションがあがる。
 女子は俺たちの後ろにあるパネルに視線を向けていた。そこに展示してある写真を見ているのだ。
 しばらくして、ようやく俺たちの存在に気づいたようだった。
 ゆっくりと、こちらへ視線を向ける。
 そして、目が合う。
 好きにならないでいることなんて、不可能だった。

>>#1-2へつづく
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「カドブンノベル」2019年9月号収録「きみの傷跡」第 1 回より

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