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連載

榎田ユウリ「武士とジェントルマン」 vol.4

現代日本に武士(本物)が!? 英国紳士が居候先で見たのは…… 榎田ユウリ「武士とジェントルマン」#1-4

榎田ユウリ「武士とジェントルマン」

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「アンソニー・ハワードです。私のことを知っているのですね」
「もちろん。今日からあなたは、あたしの作るご飯を食べるのよ」
「ああ、ではあなたが」
「家政婦のきしもとえいです。漢字だと栄える子、でエイコね」
 栄子はフレンドリーな人だった。日本人女性としては背が高く、おそらく隼人とそう変わらないだろう。
「自己紹介しまーす。四十三歳独身、離婚歴あり子供なし、プロの家政婦でとくに料理が得意、色んな国の料理を作るけど、アジア系が多いかな。イギリスの料理は評判がアレだけど、しいものだってあるよね。コテージパイとか豆の煮込みなんかはたまに作る。でも例のうなぎのゼリー寄せは、正直どうかと思うなあ……。お菓子なら定番のスコーンはちょくちょく焼くし、ビクトリアケーキも好き。イギリスの焼き菓子は最高だよね! イギリスといえば、最近アンドリュー・スコットがお気に入りで、きっかけは『SHERLOCK』だったけど、映画の『Pride』でますます好きになったの。昔からずっと好きなのはコリン・ファース。でも『Kingsman』の続編はいまいち納得いってない。女優ならやっぱりマギー・スミスよね。いつかバイオレット様みたいなおばあちゃんになって、優雅な台詞せりふのあとに必ずイヤミを付け加えないと気が済まない、って感じの余生を送りたいのよね~。あ、まさか『Downton Abbey』観てないってことないよね?」
「…………シーズン3までは、一応」
 栄子の勢いに圧倒されつつ、私は答えた。なかなかの情報量だ。会って三分足らずで、隼人より栄子について詳しくなってしまった気がする。
「そのタイミングってことは、マシューの件で脱落しちゃった?」
「脱落したのは叔母です。私は彼女のつきあいで観ていただけなので」
「日本人の叔母さんと仲いいんだよね。だから日本語も上手なんだ」
「ありがとうございます」
「うん、じゃあ、まずこれ。ハイ」
 買物袋を差し出され、私は反射的にそれを受け取る。おっと、意外に重い。ジャガイモやミルクのせいだろうか。
「ではでは、隼人さんがお風呂の支度しているあいだ、私が家の細かいことを説明しておきます。ま、実際ここんちを仕切ってるのはあたしだし。まだなにも聞いてないよね?」
「はい。部屋は教えてもらいましたが」
「ん。隼人さーん、あたしたち中にいるねー!」
 栄子が隼人に声を掛け、隼人は薪割りを続けたまま「お任せいたす」と答えた。少し息が上がっている。
 薪割りの音を聞きながら、私は栄子とともに玄関に回った。
「玄関で靴を脱ぐのは知ってるよね? で、ここから廊下を右に行くとキッチン。真っ直ぐは客間。左は……」
「私の部屋です」
「そっちの和室にしたんだね。オッケ。で、ここがキッチンのドア。廊下の突き当たりがトイレ。伊能家はあるじがあの通り和装なので、アサガオトイレもあります」
「アサガオ?」
「えー……英語でなんと言うのかわかんないや。公衆トイレみたいな、男性専用の便器。その隣に普通の洋式もあるので、好きなほうどうぞ。で、こっちは洗面と脱衣所。で、その奥がこれからアンソニーが使う、五右衛門ごえもん風呂」
「ゴエモ……」
「あとで隼人さんが説明してくれるよ。はいはい、キッチンに入って。バッグはそこのテーブルの上にお願い」
 てきぱきと指示を出す栄子は、というより家庭教師ガヴアナスのようだった。歯切れよく、次々に細々したことを教えてくれる。彼女が来るのは週に二日なので、いない日は作り置きを温め直して食べる。マイクロウェブに何分かければいいかは、料理のコンテナにそれぞれ指示のタグが貼ってある。用意されるのは夜のぶんと、常備菜。自炊したい場合は、冷蔵庫に食材があれば使っていいし、なかったら自分で用意する。
「隼人さんは、朝はパンなの。だから常備菜にはハム、ピクルスとか、マリネなんかね」
「ライスではないのですか」
「パンのほうが簡単だから。紅茶はここ。ティーバッグだけど」
「ティーバッグで充分です。……ああ、こちらにもTwiningsがあるんですね」
「スーパーで普通に売ってるよ。フォートナム&メイソンとかのほうがいい?」
「いえ、濃いめに出ればなんでも」
 しっかりしたミルクティーになればそれでいいのだ。ぼやけた味だけは許せない。お気に入りのメーカーがあるのだが、こちらには売っていないだろう。
「お茶関係はここにまとめてあるから、いつでもご自由にどうぞ。緑茶、ほうじ茶、ハーブティー、コーヒー豆もここ。コーヒーマシンはあっちね。使い方、英語で書いて貼っておいた」
「助かります」
「基本、ここの食材は好きに使ってくれていいけど、冷蔵庫の中にプリンがあったら、それは勝手に食べちゃだめ。決して、絶対、ダメ」
「プリン?」
「龍のげきりん、隼人さんのプリンってね。仏の隼人が怒るのは、勝手にプリンを食べられた時なのよ。……さて、ちょっと一服しよっか」
 栄子がキッチンの片隅にあったスツールを示した。座れ、ということだろう。マグカップにティーバッグが入ったまま渡され、紙パックのままのミルクが差し出されて、「使ったら返して」と言われる。たおやかで大人しい、というありきたりな日本人女性像からはいたく離れているが、飾らない気質が好ましく思えた。
「ハヤトに紅茶は?」
「あとでね。なにかしている時の隼人さんは、途中で手を止めないから」
「そうですか」
 さほど隼人のことを知らないが、なんなとく納得できる。
「いくつか聞きたいんだけどいい? アレルギーに関してだとか」
 栄子は小振りなノートを出し、私に質問をした。幸い、私には食物アレルギーはなくなんでも食べられるのでそう答える。好き嫌いもほとんどないし、宗教上の禁忌もない。
「オッケ。つまりなにを出しても大丈夫ってことね。あ、そろそろミルク返して?」
 私はまだ紅茶にミルクを入れていなかった。理想の色になっていないからだ。だがもう数分は経過しているので、仕方なくミルクを入れながら「ちょっと薄いんです」と言う。
「このティーバッグ、茶葉の量が少ないのでしょうか」
「あー、たぶん水だよ」
「水?」
 牛乳パックを栄子に返す。彼女はそれを冷蔵庫に戻しながら「日本は軟水だから」と教えてくれた。
「軟水ってのは……ええとソフトウォーター? つまり、水道水tap waterの成分がちょっと違うわけ。イギリスの水は紅茶がよく出るよね」
 なるほど、と私は頷く。国が違えば水も違う。ああ、異国に来たのだなと改めて思った。武士スタイルの隼人を見た時は、異国というより異次元に来たのかと思ったが。
「薪が燃える匂いがしてきたね。この匂い好きだけど、時間がかかりすぎるお風呂よねえ。久しぶりのお客さんだから、隼人さん張り切ってるのかな」
「以前にもゲストが?」
「まだ大旦那様がご健在の頃、短期滞在する外国人がいたよ。日本家屋のライフスタイル体験、的な。ほら、ここ武家だからさ。お役所からあつせんされてくんのよ」
「外国人にとっては興味深い体験でしょうね」
「サムライに憧れて来る人も多かったね。刀を振りまわそうとして、隼人さんを困らせてた」
「だめなんですか?」
「いやいや危ないよ。それに、刀は武士の魂だし」
「魂……」
「家宝なのよ。あたしも刀にだけは触らない」
 もともと戦闘集団であった武士にとって、刀が魂というのは納得できると同時に、興味深い話である。
「ハヤトから現代武士について少し聞きましたが、かなり減っているそうですね」
「そりゃそうだよ」
 アハハハハ、と栄子が歯を見せて笑った。
「日本家屋に住んで、着物で生活して、無報酬の義務も結構多いし、なかなか大変だよこの生活。それでも一時はサムライブームみたいなのがあって、増えたりもしたんだけど……続く家はあんまりなかったね」
「武士的生活は、そんなに大変なのでしょうか」
「明治維新から一五〇年だからねえ、どうしても時代錯誤感あるでしょ。けど一番大きな理由は結婚相手かも。武家のヨメはさー、キビしいよ」
 しみじみと言いながら、栄子は戸棚からビスケットを出した。素晴らしい。ミルクティーにはビスケットが必要とわかっているのだ。私も三枚もらった。
「そもそも、夫の両親と同居することがすでにキビしいわけよ。まー、人によるとは思うけど、基本的には避けたいよね。イギリスって、結婚後も親と同居って多いの?」
「少ないですね」
 ビスケットをまみ、私は答えた。紅茶にダンクさせようかと思ったのだが、日本ではマナー違反になるだろうか? 少なくとも栄子はそのままビスケットを齧っているので、私も今は控えておく。
「未婚の若者が独立せず、親と住んだまま、というのは増えているようですが」
「それは経済的な事情でしょ? 日本も同じだよ。でも武家の場合だと、息子が結婚したら、その妻も同じ家に住むことになるわけ。義理の両親と一緒に」
 実のところ、私の兄夫婦はまさにその形である。ハワード家の後継者として、私の両親とともに住んでいるのだが、これは例外と言っていいケースだろう。
「つまり、伝統的な日本家屋で、自分も和装で暮らさなきゃならない。着物ってね、男の人が着るぶんにはそう難しくないけど、女性はなかなか大変なのよ。江戸時代の、庶民のおかみさんみたいにある程度ダラッと着ていいならともかく、武家の奥方風となるとキチンとしなきゃいかんし。洗濯機でザブザブ洗うわけにもいかんし」
「家族も和装を義務づけられるのですか?」
「義務は武士本人だけだけど、推奨されるんだって。ただ、この場合の推奨は義務に近いね。『和服も着られんで、なんで武士と結婚したわけ?』みたいな」
「ああ、そういう……」
「着物大好きな人なら、楽しいかもしれないけど。まー、着物のことは一例で、ほかにも色々あるみたいだし、そもそも武家制度は封建制のシステムだから、現代でやると無理も出るよねー」
「ホウケンセイ」
「英語でなんて言うんだろ……ええと、将軍が一番偉くて、その下に大名がいて、それぞれの土地と人々を管理してて、戦になって、将軍が命令したら兵を出すっていう……」
 Feudalismだろうか。中世ヨーロッパの国王と諸侯の関係と、将軍と大名の関係には共通点もある。
「エイコ、ブシドウにモトル、とはどういう意味ですか?」
 電車の中で隼人が言った言葉を思い出し、私は尋ねた。
「んー、ええと……あれ、モトル、ってなんだっけ。オトル、じゃなくてモトルだっけ? ちょま、ググるから。…………あー、はいはい、つまり『武士道に反している』っていう意味だね」
「なるほど。では、武士道の定義は?」
 私の質問に、栄子はビスケットを一枚くわえたまま、追加分を出そうと箱に手を入れてガサガサさせ「わっかんない」とカジュアルに答えた。
「武士道。武士の道。なんとなく、わかるようで、わかんない。あたしも前に、隼人さんに聞いたことあるよ」
「彼はなんと?」
「もンのすごく考えこんで、結局答は出なかったねえ。あの子、ちょっと考えすぎるとこあるんだよね~。いなぞうあたりから拝借しとけばいい気もするんだけど」
 ニトベイナゾーとはなんなのか聞こうとした時、キッチンの奥にあった扉が開いて、隼人が姿を見せた。その扉は外に繫がっている、いわゆる勝手口らしい。
「失敬。アンソニー殿、湯加減を見ていただきたい」
 上気した頰の隼人が言った。額にはすすらしき汚れが付いていて、薪でお湯を沸かす苦労が忍ばれる。隼人は履物を脱いでキッチンに入り、私を風呂場へといざなった。

#1-5へつづく


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