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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.47

【連載第47回】東田直樹の絆創膏日記「雨音と雨粒の関係」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす26歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第46回】「仲間になりたい」

 知っているようで知らないことは、思いのほか多い。それを自覚していたとしても、「こんなことも知らなかったの?」と他の人から指摘されると、恥ずかしくてたまらなくなる。自分は、ダメな人間だと落ち込む、そういった経験のある人もいるのではないだろうか。
 その人には、「たいしたことじゃないよ」と言ってあげたくなる。「知らないことだらけだけど、僕は元気だよ」と慰めてあげたくなる。たとえ、自分の方が惨めな状況でも、相手を勇気づけたくなるのはどうしてだろう。
 この世に誕生したのは、誰もが運命だからに違いない。
 自分だけの力ではあらがいようもない定めの中、みんな精一杯生きている。
「私は生きていてもいいの?」と、常に誰かに問いかけたい気持ちを持っているのではないか。
 けれど、「生きていてもいいよね」なんて気軽には聞きづらい。「いい」と言われるに決まっているし、「どうしたの?」と心配される。
 だから、事あるごとに、自分こそダメな人間だと打ち明けたいのだと思う。そうすれば、相手は笑ってくれる。すると、生きることを許されたみたいな気分になれるのだ。
 人は弱虫なのだと思う。すぐに「自分なんか」と考えてしまう。「そんなことないよ」と誰かに言ってもらいたいがために、自分よりも先に人を許すのだ。

 雨の日、車を停めていると、ボタンボタンという音が車内に響いた。窓を見ると、小さな雨粒が無数についている。
「あれっ、雨粒と音が合わない」そう思ったものの、車の中では雨音が、こんな風に聞こえるのかと僕は妙に納得する。実際は、雨の滴が電線から車の上に落ちた音だったことを、あとから家族に聞いた。
 理由がわからないような不可解な現実を目の当たりにすると、自分の認識のつじつまを合わせるために、何かを修正しようとする。聞こえて来る音が事実だとするなら、記憶の方を修正すれば説明はつく。
 誰への説明?
 それは、おそらく自分自身に対しての説明だ。この場合、その説明の信憑性は、あまり問題ではないような気がする。これ以上考えないのが、僕にとっての一番の解決方法だと脳は判断したのであろう。
 答えが見い出せないからといって、もやもやし続けてはいけない。
 脳が僕を説き伏せるかのごとく日々の疑問は解消される。
 考えるのは大変な労力だ。だから、自動的に脳が取捨選択して、僕が考えるべき課題を選ぼうとしてくれているのかもしれない。
 納得できれば、次に進める。次の新しい疑問に向き合える。
 思考は、ここぞという時にフル回転するのだろう。

 だんだんと秋めいて来た。空や木々の色が、これまでとは違う。
 僕はひとり、物思いにふける。
 なぜ自分は生まれて来たのだろう。秋は、何かをじっくり考えるのに、ぴったりな季節と言えよう。
 はるか遠くの空を見て、雲の形を確認する。目の前には、緑から茶色に変わりつつある哀しみを帯びた葉っぱたち。虫の鳴き声に、心が揺さぶられる。
 僕がここに誕生したことは、ずっと昔から約束されていたこと、それが宇宙における法則なのだ、そう考えると少し気が休まる。何もかもが計算された出来事だとしたら、僕のやるべきことも、すでに決まっているはずだからだ。
 宇宙における法則が人を動かすのか、人が動くから法則は動き出すのか、答えを導き出すために、僕はぎゅっと目を閉じる。
 ふらついた、ここは地上なのか。
 時間が流れているのではなく、自分が流されていたのだ。ああ、この世界の仕組みの中では、立ち止まることも許されず、追い抜くことも出来ない。
 移りゆく季節に惑わされるな。
 生きている自分を自覚しなければ、僕という存在は、この世から消えてしまう。そんな恐怖にたじろぎながら、僕はすぐさま瞼を開けた。
 風景が目に飛び込んで来る。
 時計の針が5秒進んだ。
 僕の5秒は、一体どこに流れ着いたのだろう。

 小学生の時、秋になると校内で合唱の発表会が行われていた。
 僕は、人の歌声を聴きながら、同時に声を出すのが苦手だったので、低学年の頃は、合唱でみんなと歌うことが出来なかった。歌わなくてはと口を大きく開けても、喉の奥に何か詰まったみたいに声が出て来ないのだ。
 歌っていないからといって、聴こえてくる歌詞に間違いがあるかどうかを確かめていたわけでも、歌の情景を思い浮かべていたわけでもない。
 歌声が聴こえて来ると、聴き入っていたのだ。
 カラオケの時、歌詞を目で追うように、僕は、耳から入って来る言葉を頭の中で追い続けた。ひと言も聞き逃すまいと、聴くことに全神経を集中させた。
 話し言葉に対しては、これほど注意は払えなかった。意識を向けようとしても、どうすればいいのか、よくわからなかったからだ。会話を聞いてはいるが、その言葉だけに気持ちを向けられないのである。
 言葉に曲がついたとたん、僕の意識は歌詞に向いた。
 歌には、心に直接訴えかける神通力があるのだと思う。
 僕は、照らし合わせていたのだ、歌詞と自分の心に秘めた言葉を。
 歌のメッセージが僕の心と一致した瞬間、目の前の世界は、ほんの少しバラ色に輝いた。


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