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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.46

【連載第46回】東田直樹の絆創膏日記「仲間になりたい」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす26歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第45回】「月へ旅立つ日」

 以前、大学のゼミでの登壇の際、学生さんからの質問で、僕が初恋を経験したことがあるかどうか聞かれた。僕は「ありません。恋愛で悩んでいる人を見ると、大変そうで気の毒に思います」と答えた。教室の中に笑いが広がった。
 恋愛に関する質問は、その場が和むので嫌いではない。ただ、僕のような障害者が、みんなを気の毒に思うと言っているのに、みんなは怒ったり、驚いたりしないことに対して、正直不思議に感じた。
 たとえば、これがお金の話だと、どうだろう。「僕は、お金で悩んでいる人を見ると、大変そうで気の毒に思います」と言ったとしたら、みんなは不機嫌になるに違いない。
 恋愛に関しては何を話しても、大抵のことは許される。それは、ドラマや映画を見ていても、よくわかる。
 恋愛とは、人の心までも広くする力があるのだと思う。だから、みんなは、恋の話が好きなのかもしれない。
 僕にとって恋愛は、未知の世界だ。恋愛という感情は抱けなくても、僕は人を愛する気持ちは、持っているつもりだ。しかし、みんなは、彼女がいない僕を、かわいそうだと思っている。
 障害がある僕と、恋愛が出来ない僕。どちらがよりかわいそうなのだろう。僕は、恋愛がしたくても恋人が出来ない人以上に、気の毒な存在なのだろうか。
 生きるうえで愛を語る時、最も関心を集めるのが恋愛だ。
「恋は落ちるもの」だと言う。落ちた場所から見える空は、どんな大きさの空なのであろう。

「困難に対して、逃げてはいけない」と言う人がいるが、僕はそう思わない。
 どうしようもないことに対して、人は無力であると考えているからだ。
 どれだけ大変な事態が起きても乗り越えられる人がいる一方、些細なことで、つぶれてしまう人もいる。
 やってみなければわからないのだ。挑戦してみたはいいが、地獄のような状況に陥ることがあるかもしれない。
 それなら、逃げるのも人生における一つの選択肢だろう。
 永遠に嘆き続けるくらいなら、逃げてもいい。「誰かのせいではない。もちろん、自分が悪いわけでもない」と全てを割り切る。
 物事がうまくいかなくなるたび、自分や他人を責め続ければ、いつか居場所まで失ってしまう。
 僕は、何もしなくていいと言いたいわけではない。夢に向かって、出来る限りの努力はした方がいい。けれど現実は、自分の思い通りにいくことの方が少ないのである。
 誰もが人生の主人公だというが、これだけ多くの人が生きていれば、脇役になる回数が増えるのはいたしかたない。だが、あきらめることはない。主人公よりも脇役の方が、幸せになる結末もある。
「逃げるが勝ち」
 勝つために逃げるという作戦は、昔から存在するのだから。

 道端で、時々猫に会う。
 僕は猫を見ると、「猫いる!」と大声で叫び、つい追いかけてしまう。近づくと、猫は僕をじっと見る。もっと近づくと、猫は急いで走り去る。敵の襲来だ、逃げろ、逃げろとでも言いたげに。その姿を見ていると、僕は自分も猫になったような気分になる。
 僕は、心の中で猫に言う。
「ここは僕の縄張り。僕が近づいたら『ニャー』と鳴いて逃げてくれ」
 猫は、人をよく観察していると思う。人がどんな存在かわかっている。猫にとって、ほとんどの人たちは、車や建物と同じ風景の一部だろう。けれど、何人かの人は、自分のことをかわいがってくれる存在だ。餌をくれたり、遊んでくれたり、猫自身が生きるために必要な人に違いない。
 僕が猫を追いかけるのは、猫が好きだからだ。僕も猫になりたい、猫が僕のことを嫌いでも、僕は猫になりたい。
 ドタバタと大きな足音を立て、僕は猫に近づく。遠くからでも、猫が僕の気配を感じられるように、僕を売り込むために。
 だけど、大きなお屋敷の猫は、僕のことなんて眼中にない。広いお庭の中にでんと座り、僕を見下す。相手にされない僕は、しょんぼりと家に帰る。
 一方、野良猫は、忍者みたいにすばしっこい。猫と僕は、威嚇し合い、容認し合う、互角の勝負だ。
 今日も僕は、家の前を見回る。
 猫に僕も仲間だと認めてもらう日まで。

 やることがないと、とても眠くなることがある。これが、ぼーっとするという状態か。冬眠のクマになったみたいに、とにかく眠くて仕方ない。
 人は、眠らなくていいように出来てはいないが、ずっと眠り続けることも不可能だ。朝が来れば目覚め、夜になれば眠る。遺伝子レベルで決まっていることに対して、抵抗するのは不自然な行為になる。
 そう考えると昼寝は、どうなるのか。
 母はよく、僕が昼寝をしていると、
「ぐがぐが寝てると、夜寝られなくなるよ」と言いながら、僕を起こしてくれる。
 ぐがぐがというのは、おもしろい表現だ。「ぐ」は、ぐっすりの「ぐ」、「が」は、がーがー寝るの「が」だろうか。
 母が言うように、僕が「うとうと」ではなく「ぐがぐが」寝ているのであれば、かなりしっかり眠っているように見えるのかもしれない。
「眠る」は、本当のところ、人間の脳や身体に、どのような影響を及ぼしているのだろう。
 疲れているから人は眠るのか、休養しなければならないのはなぜか、考えれば考えるほど、謎は深まる。
 こうしている内に、僕はまた、眠くなってしまった。
 脳は、僕の意思とは関係なく、活動のスイッチをオフにする。人は眠っている間、何も考えていないという説は真実なのだろうか。


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