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レビュー

「行って、帰れなくなっている」主人公が、帰還するとき——新庄 耕『地面師たち』 (集英社)【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!

新庄 耕『地面師たち』(集英社)

評者:吉田大助


新庄 耕『地面師たち』(集英社)

新庄 耕『地面師たち』(集英社)


 世界各国の神話や民話に共通する基本形は、「行きて帰りし物語」であると言われる。主人公(≒英雄)が日常から非日常の世界へ移動して冒険し、何かしらの成果を得てまた日常ヘと帰還する。ところが、非日常へ行きっぱなしで終わり、というケースは意外と多い。非日常が主人公にとって、新たな日常となる場合だ。その結末は、有名なことわざとして知られている。「ミイラ取りがミイラになる」。
 そうした「行って、帰れなくなる」主人公像を、新庄しんじょうこうは描き続けてきた。ブラック企業問題をいち早く主題化したデビュー作『狭小邸宅』(第三六回すばる文学賞)に始まり、マルチ商法にハマっていく男を描いた『ニューカルマ』、軟弱ドラッグディーラーの破滅譚『サーラレーオ』。『カトク 過重労働撲滅特別対策班』では、「行って、帰れなくなる」人々を指導する、東京労働局内に実在する特別チームに材を取った。最新長編『地面師たち』の主人公は、既に「行って、帰れなくなっている」状態から始まる。彼のなりわいは、他人の不動産の持ち主になりすまし、それを勝手に転売して大金を騙し取る「地面師」。二〇一七年に積水ハウスが五五億円の被害にあったことで再び注目を集めるようになった、古典的詐欺だ。題名に複数形が選ばれている点に注目しよう。この詐欺は、チームプレーが必須となる。
 主人公は、大物地面師・ハリソン山中やまなか率いる詐欺集団の一員である、辻本つじもと拓海たくみ。冒頭からいきなり、不動産業者相手に六億円を搾取する。事前の交渉段階ではごまかせたとしても、いざ本契約となれば所有権者を買い主に引き合わせなければいけない。交渉役の拓海は、元司法書士の後藤ごとうと共に現場に立会い、なりすまし役に仕立てた借金苦の老人の言動を裏で操って、契約を無事締結させる。どんなにネット社会が進展しても、不動産売買の最終段階においては、人対人の生身での決着になる。だからこそ、騙し騙されるスリルが宿るのだ。「図面師」として土地の情報を集める竹下たけしたや、「手配師」としてなりすまし役を用意し教育する麗子れいこなど、個性派揃いの仲間たちとのやりとりも面白い。中盤以降は、山手線の新駅近くに広がる一〇〇億円の土地を巡り、大手ディベロッパーとの駆け引きが描かれる。
 なぜ拓海は地面師となり、稼いだ額はもう十分であるにもかかわらず、今もなお詐欺をはたらき続けるのか。仕事に「没頭」することで、忘れられない過去を束の間忘れられるからだ。それだけではない。事件の被害者が、今度は加害者になることで溜飲を下げるという「復讐」の思考回路は、ごくわずかしか主人公の心情を露わにさせない描写の巧みさと相まって、否定しがたい説得力を放っている。
 既に「帰れなくなっている」男は、悪の魅力の権化であるハリソン山中にいざなわれて、非日常の闇の奥へと歩を進めていく。そこから先の展開が、新境地だ。本作は「行って、帰れなくなる」物語を書き継いできた作家が初めて書いた、「行きて帰りし物語」なのだ。英雄の帰還は、彼を待ち受ける人々にも、旅の成果を分け与える。気になるその中身は……たぶん読み手によってまるで違うものを受け取ることになるだろう。

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