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単に「語り継ぐ」のではなく新たな視点で「語り直す」ものを──蝉谷めぐ実『化け者手本』 【評者:吉田大助】

物語は。

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化け者手本』蝉谷めぐ実(KADOKAWA)

評者:吉田大助



ときは文政、ところは江戸。中村座の新作に出演する六人の役者のうち、誰かに鬼が成り代わった。「鬼暴き」に挑むのは、日本橋で鳥屋を営む朴訥な青年・藤九郎と、足を切断し三年前に引退した当代一の女形・田村魚之助。藤九郎は普段から女性の恰好をしている「彼」を背負い、足となる──。第一一回小説 野性時代 新人賞を受賞した蝉谷めぐ実のデビュー作『化け者心中』は、時代小説にして芸事小説、異色のホームズ&ワトソンが活躍するミステリーにしてブロマンス(恋愛以外の感情を含む男性同士の関係性のドラマ)の傑作だ。名場面名台詞は無数にあげられるが、最終盤で藤九郎が魚之助に言い放つ一言は格別胸を打つ。「あんたが男でも女でも、あんたが人間でも鬼であっても、魚之助は魚之助で、俺が魚之助を好きなことにかわりはねえんです」。その瞬間、深刻なアイデンティティ・クライシスを起こし原始のスープ状態だった魚之助が、魚之助として自己を屹立させる。芝居に魅せられた他の者どもも含め、「好き」の一語には強烈な力が持たされていた。
待望のシリーズ第二作『化け者手本』は、前作で起きた事件から約半年後の物語だ。歴史時代もの特有の背景説明を極限まで排した純度の高い文体で、江戸のバーチャル空間へとワープさせられた後、付かず離れず、よりは半歩進んだように見える藤九郎と魚之助の会話でニヤリ。と、現在は『仮名手本忠臣蔵』を上演している中村座で、再び事件が起きたと知らされる。三日ほど前、終幕後に枡席で死んでいる男が発見された。男の死因は首の骨をポッキリ折られたことだったが、両耳からは棒が突き出ていた。犯人は殺害後に何故わざわざそんなことをしたのか? 事件の異常性をさらに増幅させるのは、名探偵・魚之助の次の一言だ。「二人目やな」。芝居小屋ではすでに同じような状態で発見された死体があり、ならば今後も事件が続いていくかもしれない。一人目の事件を解決できなかった岡っぴきでは頼りないからこそ、中村座の座元は魚之助(と藤九郎)に犯人捜しを依頼したのだ。「見立て」殺人のケレン味といい、強烈に惹きつけられる導入部だ。
ホームズをワトソンがおんぶする、異色の探偵コンビが聞き込み調査をする過程で、知られざる芝居の世界に触れられるのも本シリーズの醍醐味だ。本番でとちった役者が他の役者全員に蕎麦を奢る「とちり蕎麦」の風習、幽霊役をリアルに演じるため仏が身につけていた衣装を買い取る「湯灌場買い」……。前作はほぼ芝居街の内側で完結しており、芝居人たちの特殊な倫理観がある種の正義として機能していたが、本作は市井にまで物語の舞台が広がっている。最も注目すべきは、歌舞伎の舞台には決して上げられることがない、女性の登場人物の視点が意欲的に取り入れられていることだ。それは、前作ではアイデンティティの確立という観点において肯定的に使われていた「好き」の使用法が、複雑化することと同義である。
新人賞受賞後第一作として発表され、先ごろ吉川英治文学新人賞受賞の栄誉に輝いた『おんなの女房』が重要だ。なんの因果か「女形の女房」となった主人公の人生を追うこの物語は、市井の視点や恋愛要素の本格的導入などを先取りしていた。なおかつ現代の価値観に照らすとジェンダー的に問題含みである歌舞伎の古典的演目を、「語り継ぐ」のではなく新たな視点から「語り直す」意志は、デビュー作からは感じられなかったもの。この作品を書いたという経験が、大きかった。
前作では称揚されていた「好き」の一語に対する批判的視点も含め、著者は続編を執筆するうえで『化け者心中』の魅力や快感をただ単に「語り継ぐ」のではなく、リスクを知りながらも新たな視点で「語り直す」べきだと決断した。その姿勢に、とことん、痺れた。

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『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子(新潮社)

江戸時代有数の芝居街として知られる木挽町。睦月晦日の雪の降る晩、白装束の青年があだ討ちを成し遂げ、首を高々と掲げた。世にいう「木挽町のあだ討ち」から二年後、事件の真相を求める青年に促され、目撃者たちが語り始める。やがて露わになっていく真実とは──。山本周五郎賞&直木賞受賞の本格時代小説にして本格ミステリー。


『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子(新潮社)


(本記事は「小説 野性時代 2023年9月号」に掲載された内容を転載したものです)


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