中島岳志さんが斎藤環『「自傷的自己愛」の精神分析』を紹介!
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斎藤環『「自傷的自己愛」の精神分析』
【評者:中島岳志】
近年、「インセル」という言葉に注目が集まっている。これは「不本意な禁欲主義者」を意味する言葉で、自分の容姿がよくないことで女性から相手にされないと思い、時に女性に対する憎悪を深めている男性を指す。2021年8月に起きた小田急線刺傷事件では、36歳の男性が牛刀で若い女性を傷つけた上、サラダ油をまいて放火を試みた。彼は調べに対して「約6年前から幸せそうな女性を見ると殺したくなった」と供述している。
また、「無敵の人」という言葉もよく聞かれる。この言葉を提唱したとされる西村博之氏によると、多くの人は、事件を起こして逮捕されると職を追われ、社会的信用を失うので、犯罪に手を染めることを躊躇するが、そのような前提を欠いている人は逮捕がリスクにならず、むしろ事件によって社会を動かし、注目を集めることで満足感・充実感が得られるため、事件を起こす傾向があるという。
2018年6月に起きた東海道新幹線車内殺傷事件では、逮捕された男性は「無期懲役刑になり、一生刑務所に入ること」を希望すると述べた。さらに、裁判では不謹慎な発言を繰り返し、無期懲役の判決が出ると、裁判官の制止も聞かずに万歳三唱を行った。
著者の斎藤は、このような行為の中に、一種の「自傷行為」を見出す。「インセル」や「無敵の人」の暴力は、女性や社会に対する憎悪と共に、自分自身への憎悪(ないし排除)が含まれているのではないかと論じる。
ここでキーワードとなるのが「自傷的自己愛」である。彼らは自分のことを「非モテ」「キモメン」(気持ち悪い男)といった言葉で、過剰に卑下する傾向がある。自分は「ダメな人間」で、価値がないという。自分に対して過剰なほど、否定的な言葉を投げつける。しかし、斎藤は言う。「私には彼らが『自分のことが大切だからこそ、自分をディスっている』としか思えない」。
彼らは、自己否定的なことを言うことで、自分を傷つけるが、それは自分を守るための行為に他ならないのではないか。このような人たちは、自己愛が弱いのではなく、自己愛が強い。自傷行為は、自己愛の発露であって、自分を否定的に語る人ほど、自己愛が強いという逆説が存在する。
彼らは、自分自身について、自分が周囲からどう思われているかについて、いつも考えている。自分のことを常に気にしている。自己に関心があり、自己愛が強いのだ。
ひきこもりの当事者と対話を重ねて来た斎藤は、彼らの多くに「プライドがは高いのに自信がない」という特徴がみられるという。現在の自分には自信がないからこそ、あるべき自分の姿にしがみつく。自己イメージの要求水準が高いが故に、現実の自分について否定的になる。「あるべき自分」のイメージから、現実の自分に対して批判を繰り返す。
しかし、自分を否定してもいいのは自分だけである。自分のことは自分が一番わかっており、他者から理解されたり、共感されたり、アドバイスされることは癪に障る。自分のことは自分が決める。支援は受けない。そんなことを受け入れると、プライドが傷つく。手を差し伸べようとする人の声を遮断する。
こうして、彼らは自己責任論の隘路へとはまり込んでいく。新自由主義的な自己責任論によって最も苦しめられている人たちが、自己責任論を唱える主体へと回収されていくのだ。
斎藤は、このような自己愛を否定するのではなく、どのように肯定し、うまく飼いならすのかを模索する。その方法の一つとしてオープンダイアローグ(対話実践)が取り上げられている。
様々な社会現象や身近な人の言動など、これまで不可解だった事象に対して、理解の道筋が与えられたと言えよう。現代社会を考える上で、必読の一冊である。
【作品紹介】
『「自傷的自己愛」の精神分析』
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