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『夜がうたた寝してる間に』君嶋彼方(KADOKAWA)
評者:吉田大助
男女入れ替わりものの変異種『君の顔では泣けない』で第一二回小説 野性時代新人賞を受賞しデビューした君嶋彼方が、待望の第二作『夜がうたた寝してる間に』を発表した。「YOASOBI」「ヨルシカ」「ずっと真夜中でいいのに。」といった新世代ミュージシャンたちの想像力との共鳴を感じさせる──昼の世界の仲間達と無邪気に騒ぐのではなく、夜の世界に独りでいられることを味わう──タイトルや装画も印象的だが、もう一つの大きな特徴は本を手に持った瞬間に分かる。本文は全二一八ページと、ごく薄い。映像業界で言うところの「ルック」(作品の画面上の特徴)が、抜群に個性的なのだ。もちろん、中身も。
「四角い窓に、夜を眠らせて閉じ込めた」。不思議な書き出しで始まる物語の主人公は、高校二年生の冴木旭。常に貼り付けた笑顔とコミュ力を駆使することで「誰がどう見ても、充実した学校生活を送っているように見えているという自負」を持つ旭は、およそ一万人に一人存在する「特殊能力所持者」だった。旭の能力は「時間を停止させる」というもの。止まった世界で動くことができるのは本人だけで、止まった世界での時間は能力者の心身にのみ流れる。だから、旭は同級生たちよりも少し老けて見える。自分は他人とは違うという寂しさが、目に見える形で表現されている。
この世界では能力者たちが一般市民とできるだけ変わらず生活できるよう、さまざまな社会制度が構築されている。しかし、一一月のある日、旭の通う高校で大量の机が教室の窓から投げ捨てられていたことから、平穏な日常が打ち破られる。「やったの、能力者のやつらじゃないの?」。校内に渦巻く噂を払拭するため、旭は犯人探しを決意し、他に二人いる能力者の生徒に協力を依頼する。それまでは付かず離れずだった三人の距離が近付き始めた頃、第二の事件が起こる。
エンターテインメントの王道ジャンルとして知られる超能力ものの一種ではありながら、SFでもなければコメディでもない。ミステリーの要素は取り入れられているが、それはあくまで物語の器にすぎず、内側に満たされているのは超能力を持ってしまった少年少女の鬱屈や人間関係の機微だ。冬の情景描写も相まって、どこかひんやりとしたムードが作品全体を覆っている。だからこそ、誰かのことを知りたい、その内面を想像したいと旭が心を動かした瞬間に文章が爆ぜる。
作品のルックは特殊でエッジの効いたものであるにもかかわらず……いや、だからこそ、等身大の現実的な物語であったらスルーされてしまう「普通」の価値が輝き、「普遍」へと昇華される。例えば、旭が抱える絶望の根源にあるものは、自分の顔や体がこのようであり、このような部分に両親からの遺伝として考えられないものがあって、このような特殊能力を持ってしまった点にある。つまり、自分が自分である、という点にある─払拭できるはずもないその絶望を、どう癒やすことができるのか? この物語は、自分を認めることだけでは足りない、と綴る。自分の周りにいる大切な人の夜と自分の夜を繫げた時に、自分は自分であるという寂しさが喜びに変わる、と。何故ならどんなに自分という存在がふがいないと感じていても、隣りに誰かがいてくれること、いてほしいと思う誰かを持てていることは、それまでの人生が決して間違いばかりではなかった証しだからだ。
この読後感はデビュー作に似ている。たった二作で無二の作家性を確立した、令和最強の新人です。
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