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「さよなら」の一語に重ね合わされているもの――『さよならに反する現象』乙一 レビュー【評者:吉田大助】

哀しみの先には、何があるのだろう──。乙一作家生活25周年記念短編集!
『さよならに反する現象』乙一

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さよならに反する現象』乙一



「さよなら」の一語に重ね合わされているもの

評者:吉田大助

「作家生活25周年記念」と銘打って発表された新刊が、勝負作感のある重量級の長編ではなく、200ページ弱の軽やかな短編集だったことは、乙一という作家らしい選択だ。彼は17歳のデビュー以降、長編も発表しつつ短編小説を書き継ぎ、精緻に構築された無数の物語を世に送り出してきた。ミステリーありホラーあり、恋愛ものやSF作品もあった。しかし、読者としてその25年間の厚みを振り返った時、蘇ってくるのはストーリーの記憶ではなく、感情の記憶だ。
 黒地に金の装丁が美しい『さよならに反する現象』は、2016年から2020年にかけて発表された5篇が収録されている。そのうち3編は『怪談専門誌 幽』および後継誌『怪と幽』で発表された、ホラーだ。
 本書の冒頭を飾る「そしてクマになる」の主人公は、リストラされた40代の会社員。首切りの事実を妻と息子には内緒にし、クマの着ぐるみを身に着けて風船を配るアルバイトに励んでいる。住宅展示場に派遣されていた日曜日、風船をもらいにやってきた子供の一人が、5歳の息子・理一郎であることに気付いた瞬間から、彼の日常が歪み出す。風船を持った理一郎の向かう先には妻と、見知らぬ男がいた──。聞けばいいのに、言えばいいのに。さまざまな思いを飲み込みパンパンに膨らんでいった主人公の内面が、パチンと破裂した瞬間、何が起こるのか。内面と外面がシンクロしていく表現は極めてホラー的だが、物語の着地点に現れる感情は、優しさだ。恐怖と優しさ、本来矛盾しているように思える感情の重ね合わせは、残る二編「家政婦」「悠川さんは写りたい」にも共通している。
 ホラーな3編にサンドイッチされている2編は、どちらも文芸カルチャー誌「ダ・ヴィンチ」に発表されたものであり、どちらもミステリーだ。同誌が組んだ特集を小説の「お題」とすることで、ミステリーの新たな可能性を開拓することに成功している。
 「なごみ探偵おそ松さん・リターンズ」は、社会現象にもなったアニメ『おそ松さん』がお題。第1期8話に登場した「なごみ探偵」の世界観やキャラクター表現を元に、全く新しいストーリーを実装している。著者は初期代表作『GOTH リストカット事件』で本格ミステリ大賞を受賞するなど推理小説にも定評があるが、ここまであからさまに「名探偵」や「密室殺人(密室トリック)」を作中に登場させたのは初めてではないか? なおかつ、ここでもまた得も言われぬ優しさが、結末部において顔を出す。もう一編の「フィルム」は、星野源の楽曲『フィルム』の歌詞全文が冒頭に掲げられている。この歌詞をもとに、どんな物語を生み出したのか? そのこと自体がミステリーとなっている。
 本書のタイトルは『さよならに反する現象』だが、収録作の中に「さよなら」の4文字は出てこない(「さようなら」が1回だけ)。その4文字が出てくるのは、昨秋刊行の書き下ろし長編『一ノ瀬ユウナが浮いている』のラストだ。幽霊となった少女に「さよなら」を告げる場面で、主人公は──<うれしさと、寂しさで、胸の中がいっぱいだ>。ポジティブとネガティブ、陽と陰、両極の感情が重ね合わせられる時、人は「せつない」という言葉を使うのではないか。執筆期間が近かったこともあるのだろう、同作における「さよなら」の使われ方は、『さよならに反する現象』の5つの物語の感触とぴったり合致している。
 かつて「せつなさの達人」と呼ばれた著者が、「作家生活25周年記念」に発表した新刊は、やっぱりせつなかった。ただし、優しさや温かさ、希望の量が、以前よりも少しだけ多かった。

作品紹介・あらすじ
『さよならに反する現象』



さよならに反する現象
著者 乙 一
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年04月13日

哀しみの先には、何があるのだろう──。乙一作家生活25周年記念短編集!
心霊写真の合成が趣味の僕が撮影をしていると、一人の女性がカメラに映りこんできた。しかし撮影されたデータには無人の交差点が映っているだけだった。映りたがりの幽霊、悠川さんがこの世に残した未練とは……?(『悠川さんは写りたい』より)
ほか、乙一贈る恐ろしくて切ない出会と別れの短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322108000253/
amazonページはこちら


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