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いまの世界で「持ちこたえている」わたしたち。個々の苦しさに耐え「持ちこたえてきた」生を思う【重松 清『かぞえきれない星の、その次の星』書評③ 北村浩子】

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かぞえきれない星の、その次の星
著者 重松 清



▼世界の形が変わり誰もが挫けそうな今だけど、未来を信じてもう少しだけ生きてみよう【重松 清『かぞえきれない星の、その次の星』書評① 杉江松恋】
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『かぞえきれない星の、その次の星』書評③

評者・北村浩子
ライター・日本語教師・フリーアナウンサー

 よく持ちこたえてるなあ、と思う。
 我慢なのか、あきらめなのか、分別によるものなのか分からないけれど、1年半以上ずっとわたしたちは持ちこたえてきた。そして今も、状況は改善しているとはいえ、持ちこたえている。自分も含めて、みんな健気だなと思う。労われてしかるべきじゃないだろうか──?
『かぞえきれない星の、その次の星』で描かれる11の世界の背後にも〈厄介なウイルス〉が見え隠れしている。一話ごとに季節がゆっくり進むこの小説を、現実社会の状況と重ね合わせて読むこともできると分かるのは、冒頭に置かれた「こいのぼりのナイショの仕事」の中に、こんな記述があるからだ。
〈初めてウイルスが確認されたのは、去年の十二月だった〉〈治療薬はない。ワクチンもない〉
 今、ワクチンはある。つまり第一話は2020年5月の話だとも解釈できる。空を泳ぐ真鯉と緋鯉が、町の子どもたち全員に特別な贈り物をしようと考えるこの話の中に「コロナ」という固有名詞は出てこない。でも、ここから始まる物語のキャラクターたちも、わたしたちが過ごした時間を同様に経験しているのかも、と想像すると「持ちこたえている」彼らがとても身近に思えてくる。
 居場所のない子どもたちを静かに支える大人(「ともしび」)、正義の味方マスクマンというネーミングを考え、小さな娘に不安を感じさせまいと努めるサラリーマン(「天の川の両岸」)、「こうなったらいい」ではなく「なかったことにしたい」願いが書かれた短冊を背中にはりつけ、ひっくりかえった形で寺に並べられるかえるの置物(「かえる神社の年越し」)……物語ひとつひとつのやるせなさと閉塞感を照らすちいさな光に心が慰められる。しかしこの作品集にあるのは、慰撫や優しさだけではない。大きな問いをも包含しているのだ。
 たとえば、ブラジル人の血を引く小六のリナの心模様を描いた「コスモス」。リナはウチらとおんなじ、とか、りっぱに日本人だよ、と悪気なく言う友達に彼女は囲まれている。自分はまわりの人の偏見のなさを証明するための存在なの? という疑問は常にリナの胸の内にある。日本語が得意でなく、授業参観に〈お洒落でセクシー〉な出で立ちでやってくる母に対する周囲の視線も、たまらなくつらい。
 重い気持ちを小石に替えて、リナは公園の池に投げる。池にはリナの気持ちがたくさん沈んでいるのだ。勤め先の工場を雇い止めになってしまった母は、「また」引っ越す、ごめん、とリナに謝る。しかし引っ越す前に、母にはしたいことがあった。十月半ばに開かれる「コスモスのお祭り」に行くこと。それはこの町に来た、唯一の理由だったから──。
 お祭りはにぎやかに行われる。そう、行われるのだ。もしこれが第一話から続いている時間だったら──2020年だったら──お祭りはおそらく中止になっていただろう。つまりリナと母が住んでいるのは〈厄介なウイルス〉がない世界なのだ。
 ウイルスが蔓延「していなくても」、という視点にはっとさせられた。多様化という言葉は浸透しているのに、マイノリティに冷たいこの社会。ウイルスの不安がなかったとしたら、今、世界は果たして幸せだっただろうか? と著者は問いかけているのではないかと思う。ウイルスという困難があまりにも大きいために、矮小化されてしまっている問題があるのではないか、見えなくなっているものがあるのではないか、と。
 自分は今、持ちこたえている。でもそれよりずっと前から、個々の苦しさに耐え、持ちこたえ続けている人たちがいるのだ。掉尾を飾る表題作のラストで「持ちこたえてきた」友人に向かって走る少年の姿が心に残る。その勇気は、わたしたち読者もきっと持っているはずだと、この作品集は気付かせてくれる。

作品紹介『かぞえきれない星の、その次の星』



かぞえきれない星の、その次の星
著者 重松 清
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年09月17日

さみしさは消えない。でも、希望は、ある。11の小さな星たちの物語
さみしさは消えない。でも、希望は、ある

かぞえきれないものを、ときどき見たほうがいい。
ぼくたちは皆、また間違えてしまうかもしれないから――
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000446/
amazonページはこちら

重松清『かぞえきれない星の、その次の星』試し読み



重松清『かぞえきれない星の、その次の星』発売! 夜空にちりばめた、11の小さな星たちの物語 試し読み#1
https://kadobun.jp/trial/kazoekirenaihoshino/9lp7b1w5ct8g.html


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