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試し読み

重松清『かぞえきれない星の、その次の星』発売! 夜空にちりばめた、11の小さな星たちの物語 試し読み#1

さみしさは消えない。でも、希望は、ある。11の小さな星たちの物語
重松清『かぞえきれない星の、その次の星』試し読み#1

9月17日に発売された、重松清さんの『かぞえきれない星の、その次の星』。
11の小さな物語が収録された短篇集です。
感染症で休校がつづく春の夜の奇跡、オンラインで会話するパパと娘、母と二人暮らしのミックスルーツの少女――。
今の時代を生きる読者に響く物語が詰まった、「さみしさと希望」の作品集です。

本書から、冒頭の1作「こいのぼりのナイショの仕事」をカドブンで全文公開!
全3回に分けてお届けします。

こいのぼりのナイショの仕事

「今年はずいぶん静かですね」
 ひさしぶりに希望ヶ丘に帰ってきたツバメが言った。
「ああ……まったくだ」
 風をはらんだ尾びれをバサバサ鳴らして、こいのぼりの黒い真鯉が応えた。「こんな寂しい五月は初めてだ」
 真鯉は、町のみんなから「校長先生」と呼ばれている。一緒の竿に結ばれた緋鯉は「保健室の先生」、青い子どもの鯉とピンクの子どもの鯉は、それぞれ「男子」と「女子」――このこいのぼりは、希望ヶ丘小学校が三十年前に開校したとき、町のみんながお金を出し合って学校にプレゼントしたのだ。
 毎年四月の終わりから五月半ばにかけて校庭に揚げられる。今年も、オンラインの職員会議でそう決まった。
「誰にも見てもらえないのに?」
 ツバメは竿のまわりを滑空しながら、意外そうに訊いた。
「こういうのは、今年もまたいつものように、が大事なんだよ」
 校長先生は諭すように言う。希望ヶ丘の空では最長老になるだけに、一言ひとことに重みがある。
「今年みたいなときは、なおさらな」
 いつもの年なら、この時期の希望ヶ丘はとてもにぎやかだ。小学校では新しい教室に慣れた子どもたちが元気に走りまわっているし、ツバメが巣をつくっている駅前商店街は、恒例の『さつき祭り』で大いに盛り上がる。
 だが今年は、三月の終わり頃から学校はしんと静まり返っている。卒業式や入学式という晴れ舞台を奪われた校庭の桜並木は、「せっかく満開になったのになあ」とぼやきながら花を散らし、もう葉桜になってしまった。
 商店街の人通りもすっかり絶えた。『さつき祭り』は四月早々に中止が決まり、その頃からシャッターを降ろしたままの店も少なくない。
「南の国も同じです。春先から、町が急に静かになってしまいました」
 ツバメは言った。寒さが苦手なツバメは、秋と冬を暖かい南の国で過ごす。そして、春の訪れとともにこの国にやってきて、卵を産み、子育てをするのだ。
「渡り鳥の仲間に聞いたところでは、どうやら、東の国でも西の国でも、北の国でも……要するに、どこの国でも似たような様子らしいですね」
 世界はいま、未知のウイルスの恐怖にさらされている。ウイルスに感染すると重い症状に苦しめられ、命を落とすことも多い。初めてウイルスが確認されたのは去年の十二月だった。それからわずか半年足らずで、世界中で三百五十万人以上が感染して、二十五万人を超える人たちが亡くなった。
 治療薬はない。ワクチンもない。感染を防ぐ手立てはただ一つ、他人との接触を断つことだけだった。
 世界中の人の流れが止まった。外出禁止の命令が出た国や街もある。
 この国でも、経済活動や長距離の移動に数々の制限が設けられた。学校もずっと休みになって、子どもたちは息をひそめて家に閉じこもり、オンラインで授業を受けている。
 ツバメは竿のてっぺんに留まって、校長先生の顔を覗き込んだ。
「それで、先生、なにか私に用事でも……」
 ひさびさの希望ヶ丘を空の上から見回っていたのだ。留守にしている間に増えた建物があるし、なくなった建物もある。巣づくりの場所や餌を探すルートは去年と同じでだいじょうぶか、新顔のカラスが棲みついたりしていないか、細かく確認しているところに、「おーい、ちょっと来てくれ」と声をかけられたのだ。
「うん、じつはな、頼みごとがあるんだ」
「と、いいますと?」
「希望ヶ丘にいるこいのぼりに伝言をしてほしいんだ」
「みんなに、ですか?」
「ああ、真鯉と緋鯉、おとなのこいのぼりはみんなだ」
「けっこういますよね」
「マンションのベランダの小さいのも入れれば、三十匹から四十匹はいるだろうな。長旅を終えたばかりで疲れてるところに悪いんだが……」
 校長先生は申し訳なさそうに言った。
 だが、ツバメは「とんでもない」と笑う。「伝令役は、昔から私たちの大切な仕事ですから」――ツバメの遠い遠い親類の、遠い遠いご先祖さまの一羽は、遠い遠い国の街角に立つ王子さまの銅像の伝令役を務め、銅像を飾る宝石や金箔を貧しい人のもとに届けていったのだ。
「喜んでお引き受けします。遠慮なくおっしゃってください」
「じゃあ――」
 校長先生が尾びれを風になびかせながら伝言の内容を告げると、ツバメは「そんなことできるんですか?」と驚いた。
「できるんだよ、じつは」
「こいのぼりは、みんな?」
「ああ。もともと私たちは、子どもに元気に育ってほしいという親の願いを託されて泳いでるんだし、なにしろ空を泳げるんだ。じゃあ、その強みを活かさない手はないだろう?」
 こいのぼりの目は、まんまるなまま、動かない。それでも、校長先生がいたずらっぽくウインクしたのは、ツバメにも伝わった。
「毎年やってるんですか?」
「ああ、毎年の、大事な仕事だ」
 押入や物置から出されて空を泳ぐ、四月の終わりから五月の半ばにかけての短い日々の間に、その仕事をこなす。
「できれば晴れた日がいいんだが、高望みをしてるうちに天気がくずれて、雨がつづいたあげく、出番を逃したまま片づけられてしまうこともある。そうなるとすべてが台無しだ。とにかく一年に一度しかないわけだから、見極めが肝心なんだ」
 希望ヶ丘でそれを取り仕切るのが、最長老の校長先生だった。
 今年は――。
「どうも昼過ぎから風が少し重くなった。湿ってきたんだ」
 文字どおり全身で風を受け止めているので、そのあたりの感覚は鋭い。
「明日から天気がぐずつきそうだな」
 だから、今夜――。
「去年までは駅前のツバメに伝令を頼んでいたんだが、あのじいさん、今年は姿を見せてないんだ。残念だが、歳が歳だけに、南の国にいる間に天に召されたのかもなあ」
 今年からは、商店街のツバメに代替わりする。
「大役だ、しっかり頼むぞ。もちろん、駅前のじいさんもそうだったように、秘密厳守だ」
「いやあ、驚いたなあ。ほんとに、なんにも知りませんでした」
「真夜中の仕事だからな。きみたちは眠っているだろ? もっと田舎ならフクロウの口止めが大変なんだが、希望ヶ丘にはフクロウのいる森はないからな」
 だから、ずっと、誰も知らなかった。
「子どもたちの親もですか?」
 ツバメが訊くと、校長先生は「もちろんだ」と答え、「人間はよけいなことを覚えてしまったからな」と続けた。

(つづく)

つづき、ほかの短篇は、『かぞえきれない星の、その次の星』書籍でお楽しみください。

『かぞえきれない星の、その次の星』
重松 清

かぞえきれないものを、ときどき見たほうがいい。
ぼくたちは皆、また間違えてしまうかもしれないから――




【収録作品】
●「こいのぼりのナイショの仕事」
感染症がひろがり休校になってしまった春、子どもたちのためにこいのぼりが企んだのは……。

●「ともしび」
昔むかし、いくさに敗れた人たちを迎えた村は、今は「きみたち」――自分の居場所をなくした子どもたちを、迎える村になった。

●「天の川の両岸」
感染症流行で、大切な相手であればあるほど会えない日々。パパは毎日、画面越しの娘と会話する。

●「送り火のあとで」
亡くなった母を迎えるお盆、今年は新しい「ママ」がいる。ぼくと姉の揺らぐ気持ちは……。

●「コスモス」
ミックスルーツのリナはお母さんと二人暮らし。友達からは、「日本人っぽい」とも「日本人離れ」とも言われて――。

●「原っぱに汽車が停まる夜」
原っぱで遊ぶ、大勢の子どもたち。夜だけ現れるこの不思議な場所に来る子たちには、「影」がない。

●「かえる神社の年越し」
なかったことにしたいこの一年の切ない願いを託されて、神社の「かえる」たちは年を越す。

●「花一輪」
鬼退治のため村に逗留中の桃太郎の一行。なかなか動かない彼の狙いとは……。

●「ウメさんの初恋」
もう先が長くないというひいおばあちゃんのウメさん。彼女のおひなさまと戦争の話を聞いた私は……。

●「こいのぼりのサイショの仕事」
新しい春もウイルスは猛威をふるっている。おとなだけの「ナイショの仕事」ができない僕たちだって、できることをしたいんだ。

●「かぞえきれない星の、その次の星」
気がつくと、「ぼく」は夜の砂漠にいた。星空の下、出会った「おじさん」と話したのは……。物語と世界の真実を示す、最後の一篇。

雑誌「小説 野性時代」掲載作に書き下ろしを加えた、全11篇


詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000446/
amazonページはこちら



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