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レビュー

遠島になった恋人と、自分を好いてくれる友人の間で揺れ動く女心を描いた、波乱万丈な女一代記!『髪結おれん 恋情びんだらい』

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(評者:細谷正充 / 文芸評論家)

さまざまな事件や騒動にかかわった髪結の少女が、揺れる心を抱えながら成長していく

入り婿侍商い帖」「おれは一万石」などの、文庫書き下ろし時代小説シリーズで人気を博している千野隆司が、久しぶりに単行本を上梓した。二〇〇五年に講談社から刊行した『追跡』以来だから、なんと十四年ぶりということになる。だが、作者に気負いはない。いつものように、胸に迫る人間ドラマと、興趣に満ちたストーリーを組み合わせた、素晴らしい作品になっているのだ。
 本書は、全五話で構成された連作長篇である。主人公は、六歳年上の姉のお松と一緒に、廻り髪結をしているおれんだ。第一話「鬼灯の味」の時点で十六歳。以後、一話ごとに一歳、年を取っていく。
 両替商「井筒屋」に奉公する弥吉と、浅草寺に参詣したおれん。小僧から手代になった弥吉から、所帯を持たないかといわれる。タイミングを逸して返事のできなかったおれんだが、弥吉と夫婦になるつもりだ。また浅草寺で、錺職人の蔦次と歩くお松を見かける。なぜか、郷太という髪結に付け回されて不快な気持ちになるが、平凡で明るい未来に向かっているつもりだった。しかし、相次ぐ事件により、姉妹の人生は大きく変わっていく。
 と、ぼかして書いてしまったが、第二話以降を説明するためには、ネタバレをしなければならない。何も知らない状態で読みたい人は、すぐさま本書に取り掛かった方がいいだろう。それでは注意も済んだことだし、内容に踏み込んでいく。まず弥吉だが、店の金を奪おうとするごろつきを殺して、遠島になってしまう。蔦次は贋金造りの一味だ。この騒動でお松は重傷を負い、体を壊してしまう。そして郷太は、蔵前の甚五郎という岡っ引きの手先である。物語が終わると、多くの人々の人生が変わる。十六歳のおれんも、つらい想いを抱えることになるのだ。
 第二話「藪柑子燃える」は、おれんたちの腹違いの妹だという娘がいきなり連れてこられる。七歳のお房だ。郷太の手を逃れた蔦次の影に怯えるおれんは娘を、髪結の客で三味線の師匠のおえいに預けるのだった。男にだらしないと評判の悪いおえいだが、予想外の展開によって、その心情が見えてくる。
 第三話「柳絮舞う」は、船宿の母娘の確執にお節介を焼いたおれんが、七年前に起きた殺人事件の意外な真相を知る。第四話「初物の真桑瓜」は、嫌われ者の金貸しの老婆の心に、おれんが触れる。どちらも第二話同様、女性が心の奥底に秘めた想いが、大切なポイントになっている。
 そこに、おれんの心情が重なるのだ。遠島になった弥吉のご赦免を待ちながら、自分と夫婦になりたいという郷太にも、心を惹かれていくおれん。揺れ動く心を、さまざまな女性の心と重ねながら、彼女は人生の選択をする。各話を通じて成長し、己の信じる道を歩むヒロインの姿が、読みどころになっているのだ。
 そしてラストの第五話「乳を吸う力」だが、おれんの選択の結果が、いきなり突き付けられる。これにはビックリだ。さらに、掏摸を働いた娘が命を狙われた一件、江戸に舞い戻った蔦次、ご赦免により島から帰ってきた弥吉という、三つの要素が絡まり、クライマックスへと向かう。現在のおれんの状態を巧みに使い、サスペンスを盛り上げるなど、ストーリーの面白さも抜群。おれんを主人公にした捕物帳&ヒューマン・ドラマとして、大いに楽しめるのである。
 これに関連して、各話のタイトルに注目したい。第一話から四話まで、タイトルに植物の名前が含まれているのだ。意図的なものであろう。俗に捕物帳は〝季の文学〟といわれる。基本的に捕物帳の魅力は、時代ミステリーであることと、江戸の人々の人情にある。その人情の部分を、四季を味わう日本人の心に託し、季の文学と表現したのだ。作者は各話のタイトルに植物を入れ、物語に登場させることで季節感を出し、そうした捕物帳の系譜に連なる作品であることを表明したのかもしれない。
 その一方で、お仕事小説の要素も投入されている。各話で挿入される仕事の様子から、ちょっと頼りないところのあったおれんが、後進を育てるまでに成長したことがわかる。そして最後の彼女の宣言に、江戸のキャリア・ウーマンとしての自負を、感じずにはいられないのだ。十六歳から二十歳。五年にわたるヒロインの波乱の人生と、だからこそ力強く屹立した肖像を、作者は見事に描き切ったのである。

ご購入&試し読みはこちら▷千野隆司『髪結おれん 恋情びんだらい』| KADOKAWA


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