【カドブンレビュー】
ウィリアム・メレル・ヴォーリズは明治38年、現在の滋賀県立八幡商業高等学校の英語教師として24歳で来日した。2年で解職されてしまうものの、その後も近江八幡にとどまり、教会や学校など多くの建物を手がけた建築家、近江兄弟社の創業者として日本の近代史に足跡を残してゆく。本書はその半生を追う歴史小説だ。
日露戦争まっただ中の第一章から太平洋戦争末期の第七章までは、奔走するヴォーリズの若い日々そのままにあっという間にすぎてゆく。大正8年に一柳子爵令嬢と結婚、昭和16年には日本に帰化し姓も一柳を名乗る。その間ヴォーリズのたずさわった建築物は1500にも達するが、一部は震災や戦災で灰燼に帰し、青年は老人になり、敗戦後となる第八章で物語は深度を増す。
敗戦直後から元首相・近衛文麿は国体護持、天皇制度の維持のため人脈を駆使してGHQに働きかけていた。かねてより面識のあった近衛から依頼をうけて、ヴォーリズも彼と連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーとの会談の実現に尽力する。
当時、日米の多くの人が天皇をめぐる問題に関与した。ヴォーリズも、戦後の象徴天皇制へのレールをひいたひとりとなった。
第一章でヴォーリズは、学生たちに「大きな家をつくろう」、「屋根というのはアメリカ人でも日本人でも、ペルシア人でもアフリカ人でも、ひとしく風雨からまもる。その下にあたたかい団欒の場をつくる。私たちはいずれ、地球そのものを覆う広大な一枚の屋根をかける人になりましょう」と説く。
欧米人には、天皇にたいする日本の国民の態度は概して理解されないという。ヴォーリズも例外でなく、日本人の天皇観を理解できなかった。天皇は古い国の君主であり、彼の信じる神であるはずもない。
しかしヴォーリズが天皇の立場の苦しみを慮り、日本国民が敗戦から立ちなおるためになにが必要かを考え、マッカーサーと近衛とのあいだを繋いだことは、彼にとって至極自然な行動だったろう。ヴォーリズはただ、復興してゆく日本が、天皇と国民がともに生きる大きな家、理想の国になることを願ったに違いない。
はたしてヴォーリズと昭和天皇は昭和22年6月、京都御所御庭で対面する。その庭に、たしかに天皇は「ヒロヒトさん」という普通の人として佇み、ヴォーリズは「一柳さん」という日本人として寄り添った。
国や民族をこえて理想の居場所をつくることにこだわりつづけ、やがて日本とアメリカ双方に大きな「屋根をかける人」となるヴォーリズ。物語を読む人はきっと、たったひとりで日本へとやってきたアメリカ生まれの青年を、思わず応援したくなるはずだ。門井さんの本は文章がやさしくて読みやすい。歴史小説が苦手だという人も、ぜひ読んでみてほしい。
書誌情報>>門井慶喜『屋根をかける人』
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