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レビュー

戦国を駆け抜けた島津豊久の雄々しき生涯 『忠義に死す 島津豊久』

 戦国小説の華は、やはり武将であろう。さまざまな理想や野望を抱え、乱世を駆け抜けた男たちの軌跡に、夢中にならずにはいられない。しかも平成に入った辺りから、取り上げられる武将の幅が広がった。それにつれて、今までにない人気を獲得した武将もいる。たとえば島津の四兄弟——義久よしひさ義弘よしひろ歳久としひさ家久いえひさだ。みんな勇猛果敢であり、しかもそれぞれのキャラクターが立っている。四兄弟という点も、他の戦国武将と違う魅力といっていい。四人まとめて、あるいは誰かがピンで、戦国小説の主人公として活躍するようになったのである。
 さらに家久の息子の豊久とよひさも、関ケ原の退き口の戦いにより、大きな注目を集めるようになった。豊久を主人公にした作品も出てくる。若い人ならば、平野耕太の漫画『ドリフターズ』で、ご存じかもしれない。そんな豊久の生涯を描いた、正統派の戦国小説が登場した。読めば必ずや、鮮やかな驚きと感動に包まれるだろう。それだけの作品である。
 史実なので書いてしまうが、豊久は関ケ原の戦いで死亡する。その生涯は一閃の輝きのごとく、短いものであった。だが、エピソードは濃密だ。人生を丸ごと描こうとすれば、膨大な長さとなるだろう。これは豊久のみならず、歴史小説が必然的に抱える問題である。したがって物語にするときは、ある程度の人生の省略が求められるのだ。どこを削り、どこを残すか。ここが作家の腕の見せどころとなる。
 では作者は、豊久の人生をどう描いたのか。合戦と紐付けたのである。まず第一章が、豊久の初陣となった「沖田畷おきたなわての戦い」だ。日向ひゅうが佐土原さどわらで育った十五歳の又七郎またしちろう(豊久)。側室の子であるため、どことなく微妙な立場にある父親の気持ちも分からぬまま、初陣に気が逸る。やがて迎えた龍造寺りゅうぞうじ家との戦いで、血気盛んに武勇を示すのだった。
 戦国小説ファンには周知の事実だが、豊久の初陣となった沖田畷の戦いは、龍造寺家が没落し、鍋島なべしま家が興隆する流れを作ることになる、重要な意味を持つ戦である。続く第二章は、少し時代が飛び「戸次川へつぎがわの戦い」、第三章は「豊臣決戦」となっている。豊臣秀吉の九州征伐で、戸次川の戦いで島津が勝利したものの、最終的には秀吉に負け、臣従を余儀なくされるまでが綴られている。ひとつひとつの合戦の描写が緻密で、読みごたえあり。このように戦を要石として、豊久の成長を描くと同時に、島津家と戦国時代の流れを活写する。ベテラン作家らしい、巧みな小説技法といえよう。
 もちろん、戦以外のことも盛り込まれている。鶴姫つるひめを妻にし、幸せな家庭を得た。父親が急死(毒殺説を採っている)し、新たな佐土原城主となる。なぜか若い頃から、島津義久の娘の亀寿かめじゅが、突っかかってくる。豊久は気づいていないが、亀寿が主人公に惚れているのは一目瞭然だ。鶴姫がメイン・ヒロインなら、亀寿はサブ・ヒロイン。どちらも気が強く、豊久の人生を彩る。こうした人間関係も、本書の見どころといっていい。
 その後の豊久は、二度の朝鮮出兵に参加。だが、秀吉の死去により、大きく時代がうねる。豊臣方と徳川方の戦いが避けられぬ状況の中、島津家は豊臣方に付いた。しかし豊臣方の実質的な指導者である石田三成は戦下手であり、豊久たちは振り回される。それでも島津家の武力を見せつけた豊久たちだが、関ケ原の戦いは徳川方の勝利となった。そして豊久は、敬愛する宗本家の島津惟新(義弘)を戦場から脱出させるため、前代未聞の敵中突破による退却戦を敢行するのだ。
 関ケ原の戦いに至る過程を、作者は島津家の無念を交えて、鮮やかに描き出した。だから豊久たちの、命を捨てた退却戦に、胸が熱くなる。相次ぐ死闘に血が騒ぐ。初陣となった沖田畷の戦いから、死に処となった関ケ原の戦いまで、一心不乱に乱世を駆け抜けた、豊久の雄姿を堪能できた。島津豊久を主人公にした、戦国小説の決定版が、ここに誕生したのである。


書誌情報はこちら>>近衛 龍春『忠義に死す 島津豊久』


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