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レビュー

覆い隠す存在としての娼婦に目を向ける 『娼婦たちは見た』

 多少の差こそあれ、性に関わる仕事をしている女性、娼婦を目の前にすれば、気恥ずかしさのようなものが芽生えてしまうのは、男のさがではないだろうか。ましてや自分で取材してきた内容を書くとなったら、それこそ無駄に恰好をつけてしまいそうなものだ。
 ジャーナリストとして起きたことをそのまま書くことを信条としている私でも、性のネタについては、ある程度言葉を選んでしまうことがある。
 本書を著した八木澤高明さんは、率直な言葉でまとめている。なおかつ、中立的な目線を崩すことなく、自分の中にある答えを検証するかのように取材を重ねているのだ。その中立目線こそが八木澤ルポの文体なのだ。
 過去作をいくつか読んでいた八木澤さんとは、縁あって彼の担当編集をしたことがある。おかげでかなり濃密な会話をする機会にめぐまれた。それまで膨らんでいた人物像よりも、柔らかく芯の強い人だという印象を抱いた。アジアや世界各地の危険地帯を取材対象としている私とは共通の話題も多く、打ち合わせそっちのけで何時間も娼婦やアジアのことについて話してしまった。これという決定打はないのだが、会話の全体から彼が娼婦のやっていることを見下してもいないし、極端に美化することもない人なのだとわかった。そんな八木澤さんだから、取材であっても娼婦を「抱く」のである。ここが本書の特徴として際立っているのだ。
 抱く描写をする八木澤さんが特別な無頼で、世間の常識を気にしないタイプなのかといえば、そういうわけではないのは既に面識のある私にはよくわかる。むしろ、文章をまとめることに誰よりも気を配っていて、客観的に正直にまとめないと伝わらないことがあると思っているのだ。だから、自分すらも突き放すようなスタンスで、必要に応じて性描写も含めて書ききっているのだろう。
 もうひとつ、八木澤ルポの特徴として、誰でも抱くわけではないということがある。対象をきちんと選んでいるように見えるのだ。それは、本人が意識しているかどうかは別として、本書で八木澤さんが娼婦たちを抱く姿勢からも垣間見える。
 彼が自発的に抱くのは、金が必要だったり、生きるすべを他に知らないなど、仕事や生きるために客を必要としている女性が多い。また、状況的に抱く女性を選ぶことができないとしても、仕事として割り切れている女性を選んでいるようだ。
 人権重視の先進国的な基準からすれば、本書がテーマとする売春そのものが、倫理的にも法律的にも逸脱していて「アウト」だと言う人もいるだろう。だが、仕事として必要としている人がいるのも現実なのである。
 私が旅したことのあるバングラデシュの売春宿では、国外や田舎から誘拐されたり、親に売られたり、離婚するために夫から押し込まれたりした女性たちが死んだ目をして娼婦をしている。帰る場所をなくして、生きることを拒否した女性たちは食事を拒絶する。だから、痩せすぎないように、牛用のステロイドを服用させられている。
 アウトだし、改善どころか廃止するべきことぐらいわかる。それでも、そこにいる女性たちがそれを望まないのだ。仮に解放されたとしても、行く場所がない。死ぬまでこの場所で生きて、来世に期待するしかないのだという。
 このことを知ったとき、私は「地獄」だと思った。娼婦を扱うとき、このことが頭をかすめてしまう。取材対象として敬遠はしないが、少なからず悲しさや切なさがつきまとうのが娼婦だと思っている。だから、中立的に相手を上げることも下げることもなくインタビューを重ねる八木澤ルポの難しさと完成度の高さを評価できるのだ。
 本書には彼が取り上げなければ確実に残されることのなかった世界の残酷な面が記録されている。だから、ここで読まなければ知ることのできないものでもある。そんな貴重なルポルタージュとなっているのだ。


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