【カドブンレビュー】
“良い医者”とはどういう人を言うのだろうか。その解釈は人によって様々だろうが、最新機器による治療や投薬だけに頼らず、その人間性で患者やその家族、周囲の人々の心の負担や苦しみを軽くすることができる医者ではないだろうか。私にも思い当たる医師がいる。とぼけた風貌と親しみやすい笑顔で何でも相談できるかかりつけ医だが、いざという時の的確かつ迅速な判断で娘の命を救ってくれたこともある素晴らしい先生だ。
そしてこの短編集に収められた6つの物語の中にも、生きる勇気と道標を与えてくれる医師たちがいる。
助かる見込みのない末期がんの女性を担当することになった医師、副島。先輩医師が副島に彼女を任せた理由とは…「最後の良薬」。トンネルの崩落事故で片足を失い自暴自棄になったバレーボール全日本チームメンバーの妹に、外科医の姉が命を懸けて伝えようとしたこととは…「涙の成分比」。など、計6編の全てに医師が登場する。
私が特に考えさせられたのは「彼岸の坂道」だ。救命救急センターで次期センター長の座を争いながらも良きライバルとして切磋琢磨する二人の医師、友瀬と生原。優秀な生原に劣等感を感じ焦る友瀬と、医師家系のプレッシャーに追い詰められる生原。そんな中、現センター長であり“ドクター・ノーミス”と呼ばれるカリスマ医師・津嘉山が大怪我をしてセンターに運ばれてくる。そして津嘉山は自分の処置担当に生原を指名する…。指名の理由が明らかになるラスト、津嘉山の優しさと厳しさ、懐の深さが二人の医師をあるべき姿へと導いていくのだ。
著者の作品の中でも人気のある『教場』は、全編を通してやや殺伐としたイメージを纏っているが、この短編集の作品にはどれもほのかな優しさや希望が感じられる。『教場』のイメージでやや構えて読み始めた私にとっては嬉しい誤算であり、著者の懐の深さを思い知らされた気分だ。長岡氏の作品を未体験の人にも、ちょっと苦手に感じている人にもぜひ手にとって欲しい一冊だ。
>>長岡弘樹『白衣の噓』