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レビュー

本年度の掉尾を飾る幕末青春歴史小説の傑作、ここに登場。 『青山に在り』

 歴史時代作家クラブ賞のシリーズ賞を受賞した「更紗屋おりん雛形帖」シリーズや、「代筆屋おいち」シリーズ等、文庫書き下ろし作品が好評を博している篠綾子しのあやこが、堂々たる幕末青春歴史小説を上梓した。
 それが本書青山せいざんに在り』である。
 題名にある〝青山に在り〟とは、主人公、小河原こがわら左京さきょう、作中、父である川越かわごえ藩筆頭家老、左宮から告げられる、明代の詩人、孫一元のつくった詩の頷聯がんれんに当たる部分、

生きて盛世に逢ふに何事をか憂ふる 家青山に在り道自づから尊し

 のことを指す。
 左宮は、「作者の意図とは違うのだろうが」と断った上で、この詩について「今、己がいる場所を死場所と定めて生きるならば、その道はおのずから正しく尊いものとなる。そこを死場所と定めて懸命に生きよ、憂うる暇はない」
 と、その解釈を示す。
 作中、左京は、敵役の旗本、小野古風おのこふうの用人、宗方むなかた舎人とねりから、
(まるで薫風が吹き込んできたようだな)
 と評される、天に向かって真っすぐに育つ若武者であり、彼の真っすぐさは、父、左宮から、自分が父と母の子ではない、すなわち養子である、と聞かされた後でも、その衝撃を乗り越える強さを持っている。
 プロローグそれ自体が一つの大きな伏線となっている本書は、左京が己と瓜二つの百姓、時蔵ときぞうと出会うところから物語がスタートする。勘の良い読者は、ここで二人が何らかの理由で離れ離れになった双子であることを察する――つまり、作者は手の内をさらしつつ、作品を綴っているのである。
 そして、もう一人の若者が、時蔵の家に寄寓していた従姉いとこのおつう。彼女は甘酒を売っており、この身分の差を超えた三人の青春——時には屈折したり、哀しみに出会うこともあるが、作者は、この三人の思いを瑞々しいタッチで描いていく。
 作者は、三人の若者の成長を川越の風土感の中に見事にとらえていくが、幕末の動向に大きくかかわらなかったこの地にも、尊皇攘夷や世直し一揆の風が全国に吹き荒れる中、自衛として農兵部隊の創設が献策される。
 が、時蔵はこれに反対であり、百姓代表として家老に反対の旨、訴え出るという。これは下手をすると強訴になりかねない――左京は、一時期、ひょんなことからたもとを分かった友のため、馬をとばす。
 時蔵はいう——「俺たちが剣術を学んだのは、川越藩のためじゃない。俺たち自身の身内と村を守るためのことです」と。
 そして、時蔵と共に家老、すなわち、父、左宮のもとへ赴いた左京が聞かされたのが、前述の孫一元の詩「乙亥元日」の一節、〝青山に在り〟なのである。
 作者は、この作品で、三人の若者たちが自分を、そして他者をどうおもんぱかってものをいい、そして行動しているかを詳細に描いている。他者を思いやる、これは、どれだけ、想像力を持ち合わせているか、ということではないか。余談だが、近年、多発している人の命が石ころより軽く扱われる事件などは、人がどれだけ他者を思いやることが出来ないか、つまりは想像力が欠如しているか、ということの良き証左ではないのか。
 その点、この一巻に登場する人々との出会いは、私にとっての喜びでもあった。
 切腹によって父を喪った左京をお通が慰めるシーン、その〝さらぬ別れは左京さま一人のものではありません〟というシーン——そこで、左京がかつてのお通の哀しみを思い出すくだりなどは、思わずもらい泣きしてしまった。
 そしてラストの対決にこめられた三人の友情の何と美しいことか。
 本書は、本年度の掉尾とうびを飾る幕末青春歴史小説の傑作といえよう。

>>篠綾子『青山に在り』


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