評者は著者の黒田基樹氏と同じく、戦国時代を専門分野とする一研究者である。約二〇年前、次郎直虎の名が登場する唯一の史料を含む、永禄十一年の遠州井伊谷徳政に関する一連の史料を再検討し、先行研究の見直しをはかる論文(「戦国時代の遠州井伊谷の歴史的位置—特に永禄十一年の遠州井伊谷徳政をめぐって—」『静岡県史研究』第一一号、一九九五年、のち拙著『戦国期の徳政と地域社会』吉川弘文館、二〇〇一年)を発表した縁もあって、本書の紹介を依頼されたものである。拙稿を発表した当時は、「女地頭」として一部に知られてはいたものの、その実像は皆目わからない「井伊直虎」の名を冠した著作が世に出るなど、全く想像すらできなかった。大河ドラマ「おんな城主直虎」がなければ、直虎が脚光を浴びることさえなかったわけで、あらためてその影響力の大きさに驚きを禁じ得ない。
その大河ドラマは、「女地頭」「おんな城主」のふれこみでスタートしながら、放送後まもなくして直虎が男性と解釈できる新史料が発見されたと大々的に報じられたことで、「主人公が女性」という、物語の根本を揺るがす前代未聞の事態が起こってしまった。しかし、ドラマ(フィクション)と史実(ノンフィクション)は別物であることが分かっていれば、実はそう大騒ぎすることでもない。新出史料から得られた新たな知見は、むしろ戦国末期の井伊氏と井伊谷地域の史実の解明にこそ向けられるべきであって、直虎が男か女かという問題に矮小化されてはならないと思うのだが、世間はどうしても大河ドラマに史実を重ねあわせてしまいがちであり、やむを得ないことなのかもしれない。
読者諸兄姉の多くは、『井伊直虎の真実』と題する本書に、「直虎が男か女か」という疑問の解明への大いなる関心と期待を寄せることであろう。もしそうだとすれば、肩透かしを食らうかもしれない。著者の関心はむしろ、井伊直虎という人物像を解明するうえで唯一の手がかりと言ってよい、永禄十一年の遠州井伊谷徳政にある。遠州井伊谷徳政といっても一般にはほとんど馴染みがなく、研究の蓄積もさほどなかったのだが、著者は関連する史料一つ一つを丹念に読み解きながら、その全貌を解明することに精力を注がれている。その一貫した姿勢を通じて、読者諸兄姉は歴史学という学問の魅力と奥深さ、そして難しさと厳しさを追体験することになるであろう。
あらためて著者を紹介しておくと、黒田基樹氏は戦国大名北条氏を中心に関東の国衆などに関する数多くの専門書を出されており、本書の関連業績に『戦国期の債務と徳政』(校倉書房)がある。また、自治体史や『戦国遺文』などの史料集の編さんも多数手がけられており、新書などの一般向け啓蒙書でもたいへん名の知られた研究者である。
著者は、今川家の関口氏経と井伊次郎直虎が親子であり、井伊家重臣の新野左馬助の甥とする新史料の解釈に立ち、人物比定の作業を通して人間関係を捉えなおし、拙稿では説明が不十分であった徳政令全体の評価、とりわけ惣徳政としての性格や二年間の延期の理由など、傾聴に値する新たな見解を示された。今後の研究にとっても大きな礎となるであろう。
なお付言すれば、専門書であるがゆえに一般読者層には知られていない拙稿でも、井伊谷徳政に関する主要な史料の解釈と逐語訳を示し、その上に立って自説を展開している。大河ドラマの時代考証担当の一人である大石泰史氏は、著書『井伊氏サバイバル五〇〇年』(星海社新書)で拙稿を丹念に検証し、その解釈が異なる部分を丁寧に示しながら新たな逐語訳を提示し、井伊谷徳政の問題を論じている。専門書にハードルの高さを感じてしまう読者には、大石氏の著書も併せお読みいただくことをお勧めしたい。研究に取り組む方々には、これを機に拙稿の存在も知っていただければ幸甚である。
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