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レビュー

久々の日露外交論。深みのある分析、興味ある解説。

 佐藤優氏は、現代世界のあらゆる問題を取り上げて、縦横無尽に論じ、深い分析と透徹した論理構成で、読者を魅了する著作をつぎつぎに発表している。しかし、氏が外務省で日露領土交渉に深く関わり、その結果、国家権力に逮捕投獄された人であることは忘れられない。氏にとっての核心的なテーマである日露交渉については、なぜか最近はあまり著作が出されなかった。本書は、その意味では、久しぶりの佐藤優の日露外交論である。
 本書は『SANKEI EXPRESS』に二〇一三年三月から二〇一六年三月末までに掲載された文章から日露外交に関わる部分を取り出し、加筆修正したものである。それに一九九一年に匿名で出したゴルバチョフの危機の時期のソ連事情解説を付している。
 本文は、安倍首相の二度目の政権からソチでの安倍プーチン会談の前夜までを論じている。国際関係は複雑だった。米露関係は当初より緊張気味だったが、ウクライナ問題からクリミア併合にいたって、対露制裁がかかげられ、一層深刻になった。その中で、この条件を一方では利用しながら、他方では日米関係の基本は維持しつつ、ロシアとの関係深化をはかるというバランスの取り方で誤りをおかさず、プーチンとの個人的な信頼関係の確立強化によって壁を突破していく安倍首相の対露外交努力が説明されている。佐藤氏の深みのある分析が生かされ、興味ある解説の連続で、読み応えがある。
 だが、これで終わりでは、物足りない。安倍プーチン外交の当面の帰結、二〇一六年末の日露首脳山口会談についての評価が述べられなければならない。そのために、「まえがき」がつけられた。佐藤氏はここで、朝日新聞と産経新聞がともに消極的評価を出したのを批判して、「かつて北方領土交渉に深く関与した者から見れば、今回の日露首脳会談は大成功だ。北方領土問題の解決に結びつく道筋を整える歴史的意義を持つ」と評価した。
 ここに問題がある。ナショナリストである外務官僚の佐藤氏が四島返還論者であったことは十分に承知している。氏を含めた外務省に協力する姿勢をとっていた時期の私も、四島を返してもらう道はないかを考えるという立場で動いていた。そこから四島返還論としての最終譲歩案である佐藤氏原案の川奈提案を支持したし、それが拒否されたあとでは、二島返還の方向へ一歩踏み出した感のイルクーツク声明への準備をも支持した。だが、それも流されて、鈴木宗男氏と佐藤氏の逮捕、東郷和彦氏の亡命という大破局にいたったあとでは、私は、四島返還論を断念しないかぎりは、北方領土問題の解決はありえないと考えるにいたった。これは一専門家の意見ではなく、時代の結論であったはずである。
 本書の本文で、二〇一四年一—三月の発言、「あの戦争で、日本はソ連(ロシア)に侵略された」、「北方四島は、われわれの祖先が開拓した固有の領土なので、その返還を絶対に諦めてはならない」という言葉が収録されている。佐藤氏がそのときこのようなスタンダードな主張をくりかえした理由はわからないが、たしかにそれが佐藤氏の主張であった。
 だが、二〇一六年末の会談を論じた「まえがき」では、プーチンは「平和条約締結後の歯舞群島、色丹島の日本への引き渡しの環境整備をしていく」つもりであると示唆し、「国後島、択捉島について、日本に引き渡すことはないが、何らかの譲歩をすることがうかがえる」と評価している。これでは四島返還は無理になったということになる。
 佐藤氏は当然に四島共同経済活動へ進む会談の結果を肯定的に評価しておられるのだが、これを進めると、どうして「北方領土交渉が前進する兆し」が見えることになるのか、その点は十分に説明されていない。
 やはり、日露領土交渉の全過程について、本書からさらに発展させた佐藤氏の渾身の一著を期待したい。


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