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レビュー

短篇の愉悦と長篇のスリルが融合したホラー 『祭火小夜の後悔』

 ホラー小説に求めるのは、もちろん「怖さ」が一番だ。その「怖さ」を作り出す要素として、描写力や構成力はもちろん欠かせないが、「こんな怪異をよく思いつくなあ」という驚きもあってほしい。そこに満点をつけたいのが秋竹(あきたけ)サラダ祭火小夜(まつりびさや)の後悔』だ。投稿時の「魔物・ドライブ・Xデー」を改題した本作は第二十五回日本ホラー小説大賞の大賞と読者賞を受賞。選考委員の綾辻行人氏、貴志祐介氏、宮部みゆき氏がこぞって「アイデアが素晴らしい」と言及しているほどだ。
 本作は四話構成。第一話の「床下に潜む」では、うつむいて歩く癖のある高校教師の坂口(さかぐち)が、不具合のある机を旧校舎に運び込む際に、一人の女子生徒に声をかけられる。名前は祭火小夜。彼女いわく、旧校舎には「あれ」がいるらしい。「あれ」は、夜になると床板を一枚ずつ裏返すのだが、その時にもしひっくり返される板の上にいると、大変なことになるという。その日暗くなってから業務を終えた坂口は、教室の鍵を落としていたことに気づく。思い当たる場所は旧校舎しかなく、仕方なく向かったところ、どこからともなくカリカリという音が聞こえて……。
 第二話「にじり寄る」の主人公は男子高校生で、彼は夜中に肋間(ろっかん)神経痛のような痛みで目が覚めることに悩まされている。憂鬱なのは、その苦しさだけではない。痛みで目が覚めると必ず、人間の腕ほどの大きさのある巨大なムカデが(そば)にいるのだ。そんな彼に学校で声をかけたのが、祭火小夜である。第三話「しげとら」では、幼い少女が洋服を破いて困っていたところに「しげとら」と名乗る男が声をかける。「同じ服を与えよう。返すのは十年後」と言う彼との取引に応じた直後、少女は十年後に返さなければならないのが洋服ではなく、とんでもないものだと知る。やがて月日が流れ高校生となった彼女は、迫りくる自分の危機に対しなす術がない。そんな時にこれまた、校内で声をかけてきたのが祭火小夜なのであった。この短篇、取引の設定が秀逸。「しげとら」という不可解なネーミングの意味を知った時は心の中で膝を打った。
 三話まで読めば、本作は怪異について博学な女子高生、祭火小夜の活躍を描く連作短篇集だと分かる。控えめで、でも困っている人を放っておけない彼女のキャラクターが魅力的。三話のひとつひとつの展開のひねりやオチのつけどころも楽しく読め、これは優れた短篇の書き手が現れたなと、一読者としても胸が高鳴った。
 いや、短篇だけじゃないぞ、と思ったのは第四話だ。ここではじめて、祭火小夜自身が抱える問題が浮き彫りになってくる。彼女を手助けするのは、前三話で彼女に助けられた三人だ。彼女がなぜ怪異に詳しいのかが明かされるとともに、家族の過去も見えてくる。それらの事情から、とある祭りの日、彼らは魔物から逃れるために一晩中ドライブをすることになる。祭火小夜もまた万能ではない一人の高校生なのだと実感させられるとともに、懸命に自分の思いを達成しようとしている姿がいじらしい。話の大半は一晩中車を走らせるというだけの場面だが、魔物から逃げる様子は手に汗を握らせるし、その過程で少しずつ明かされる真実や、第一話ではうつむいていた教師の坂口が、唯一の大人として、かつ自分の過去と向き合うために顔を上げていく様でも読ませる。さらには、魔物との対決の場面も非常にダイナミックな光景を見せてくれるのだ。
 つまり本書は、優れたアイデアで読ませる短篇の魅力も、全体を通してひとつの物語として読ませる長篇の魅力も持ち合わせており、この新人作家の、幅広い方向性に向けて開かれた技量を示している。秋竹サラダは一九九二年埼玉県生まれ。「受賞の言葉」を読むと「夏といえばホラーだろう」という理由でこれを書いたようで、決してジャンルにこだわってはいなさそうだ。本作のシリーズ化はもちろん期待したいが、それだけでなく、この豊かな空想力と物語の構成力を存分に生かし、新しいエンタメの世界を築いていってくれるに違いない、と思っている。


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