「科学は不死を可能にできるのか」を描く
「復活編」は、虫プロ商事の月刊誌『COM』で1970年10月号から71年9月号まで連載された。
第2巻の解題にも紹介したように、『火の鳥』は、人類誕生から終焉までの長い物語を過去と未来─つまり、始まりと終わりから交互に描く手法がとられている。
また、全体のテーマは「生命の謎」「すべての生命は何のためにこの世界に存在するのか」であるが、それぞれのエピソードも独立したテーマを持ち、ひとつの完結したドラマになっていて、それぞれが繋がりを持ってひとつになる、という複雑な構造になっている。
この「復活編」では、再生医療の可能性とその限界を描きながら、現在の私たちがまさに直面している「人間が科学の力で不死を実現することは許されるのか」というテーマが語られている。これは、『ブラック・ジャック』の中でも手塚が好んで描いたものだ。
主人公のレオナは、交通事故で瀕死の重症を負い、骨や皮を縫い合わせ、傷ついた小脳全部と大脳の大半を人工頭脳に入れ替えるという大手術によって蘇る。彼は、ニールセン博士の再生医療研究の実験台だった。しかし、もともとの脳の生き残った部分と人工頭脳との連携はうまくいかず、レオナには生き物が無機物に、無機物が生き物に感じられるという後遺症が残ったのだ。
彼はニールセン博士に迫る。
「なぜ いっそ全部つくりものとかえてくれなかったんですっ!!」
ニールセン博士は「それじゃあ わしが人間を復活するという意味がなくなってしまうではないか!!」と答える。人間が人間を復活させる限界が、このふたりの会話には凝縮されている。少なくともニールセン博士の手法は、人間を復活させるのではなく、人間でもロボットでもない中途半端な形で生きながらえさせることでしかないのだ。
そして、「復活編」にはもうひとりの科学者が登場する。臓器密輸団と行動を共にするドク・ウィークデーだ。彼は、2匹の動物のバラバラにしたパーツをつなぎ合わせて1匹として復活させるという研究を続けている。
ドクは、密輸団の女ボスの依頼で、レオナの体に彼女の脳を移す手術を行うが、手術後の体は拒否反応を起こしてしまう。
ここでも科学は敗北するのだ。
一方で、取り出されたレオナの脳の記憶は、彼が再生手術後に出会い恋に落ちたロボット・チヒロの電子頭脳に移され、ふたりはひとつになる。そうして誕生したのが、「未来編」で世捨て人の科学者・猿田博士の助手になるロビタのプロトタイプだ。
この作品は、2482年に起きた自動車事故から始まる物語と、プロトタイプをベースに大量生産されたロビタを巡る3030年の事件が交互に描かれ、ロビタをめぐる事件とレオナの事件は密接につながって、大きなドラマとなり、ラストシーンの3344年のエピソードではさらに「未来編」につながるという構成になっている。
過去と未来のエピソードが密接につながってひとつになる、という『火の鳥』全体のミニチュア版と考えることもできる。
異色の短編の複雑な履歴
「羽衣編」は、『COM』1971年10月号に第7部として掲載された。『火の鳥』の中では最も短いエピソードで44ページで完結している。舞台になる時代は、奈良時代末期から平安時代初期という想定だったが、このあとに紹介する事情によって「乱世編」の70~80年前に改められている。
『COM』掲載当時、このエピソードは、続く「望郷編」につながり、おトキは「ある惑星で起きた核戦争を逃れて、時航機・スワープによって過去にきた時子という女性」という設定。そして、多くの伏線は「望郷編」によって回収される予定だった。
しかし、『COM』の休刊によって「望郷編」が2回までで中断し、『マンガ少年』版「望郷編」がまったく違う構想で再スタートしたこと、さらに『COM』版で、核戦争による放射能被害を描いた部分に差別表現が指摘されたことなどから、長く単行本には収録されないままになっていた。朝日ソノラマ版「望郷編」の手塚によるまえがきには「いずれ、別種の『羽衣編』を上梓しようと考えています」とある。
だが、セリフを全面的に描き変えて、独立したエピソードとしたものを1980年発行の『月刊マンガ少年別冊 火の鳥』8巻に「乱世編」の後半とともに収録。これが定本になったために、手塚が考えていた新たな「羽衣編」は描かれなかった。
完全な描き直しに至らなかった理由のひとつは、神社の境内で上演される人形浄瑠璃という本作のスタイルを手塚が気に入っていたことが挙げられる。
手塚はそれまでの舞台のように描かれていたマンガのコマ表現を、映画のように動きのある手法に変えた功労者として評価されているわけだが、あえて舞台的な表現を取り入れることで、自己のスタイルを壊そうとした、と考えることもできる。
>>手塚治虫『火の鳥5 復活・羽衣編』
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