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(評者:東 雅夫 / 文芸評論家)
飯島敏宏といえば、『ウルトラマン』きっての人気怪獣であるバルタン星人の生みの親であり、『ウルトラセブン』の「セブン暗殺計画」や『怪奇大作戦』の「霧の童話」といった神回の監督であり……と、特撮/怪獣方面に詳しい方であれば、円谷プロダクション時代の仕事を、懐かしく想起されるに違いない。
かく申す私もその一人であるわけだが、本書は昭和 7 年(1932)東京本郷に生まれた著者が、みずからの「少国民」時代──小学校入学前後に始まり、中学校進学直後で終戦を迎えるまでの戦中体験をもとに書き綴った「かぎりなく事実に近いフィクション」(本書「あとがき」より)である。
とはいえ、戦後は遠くなりにけり……本書のタイトルから「進駐軍」とか「焼跡・闇市」などを連想する向きは今や少数派で、むしろ「バレンタインデー」あたりを漠然と思い浮かべるお若い方が多いのではなかろうか。
大正 14 年(1925)生まれの私の父は、予科練時代に終戦を迎え、戦後は海上自衛隊に奉職して定年まで勤めあげ、昨年、天寿を全うした。
もしも昭和 20 年 8 月の終戦が、あと一年でも遅れていたら、父は神風特攻隊員として南の海へ出撃していたはずで、今これを書いている私は、この世に存在していなかったことになる。あの太平洋戦争の日々は、遠い過去の出来事では決してなく、視えないところで令和の現在とも、さまざまに繋がっているのだ。
主人公の山崎弘は、帝国大学(今の東大)がある文京の町・本郷で、注文洋服店を営む一家の三男坊。隣家で士族出身の祖母と暮らす、無二の親友でありライバルでもあるチュウ、気のいいガキ大将のベンちゃん、紅一点のハルエちゃんら幼馴染の面々との学校生活が、笑いあり涙ありドタバタあり、とても親しみやすい語り口で活写されている(個人的には『ウルトラQ』の「虹の卵」に描かれる少年少女群像と相通ずるものを感じた)。
折しも世の中は、満州/中国における戦火の高まりとともに、大正時代の自由でリベラルな気風が急速に喪われ、軍国主義一色に塗りかえられてゆく殺伐とした時代。近所の教会の牧師が、ハイカラな日系アメリカ人の一家から国粋主義的な団体の関係者に知らぬ間に交替していたり、学校での担任教師が、生徒の自主性を重んじる画家兼業の「パイナップル」から、退役軍人でヒトラー・ユーゲント少年団教育を理想とする熱血漢の「鬼久保」に、さらにはガダルカナル(日本軍に大量の餓死者を出したことで知られるソロモン諸島の日米激戦地)の生き残りで、深刻なトラウマを抱えた「イタチ」へと替わってゆく描写によって、著者は子供たちの日常に「戦争」が刻々と忍び寄るさまを、鮮やかに示唆している。
とはいえ、それは決して、暗く、重苦しい日々ではなかったと、著者は「あとがき」で次のように記している。
明るく、楽しく、伸び伸びと育っていた子供たちが、時の独裁政権の意のままに、文部省が規定した皇国の少国民一色に染めあげられていったのです。
そのことは、作中でことのほか印象的なキャラクターとして描かれる「鬼久保」先生の描写にも明らかだ。スポーツ万能で理想家肌の軍人教師を、著者は厳しいなかにも生徒たちへの思いやりをひそめた人物として、魅力的に描いている。それゆえにまた、彼に心酔して理想的な少国民に成長したチュウを待ち受ける運命の悲惨さが、際立つのだが……。
東京大空襲の被災シーンに登場するB29爆撃機の描写は、後に著者が監督・脚本家として手がけることになる特撮作品を彷彿させる、無気味な迫力に満ちている。
そういえば少年時代、私の趣味には何ひとつ口を出さなかった父が、一度だけ、苦言を呈したことがあった。B29のプラモデルを組み立てていた私に、「その飛行機だけは、やめておけ」と真面目な顔で諭したのだ。
戦争を知らない世代の人たちにこそ、ぜひ一読をお願いしたい、これは興趣あふれる物語の形をとった迫真のドキュメンタリーであり、令和の日本を逆照射する告発の書である。
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