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レビュー

希望へ向って疾走する家族の物語 『未来のミライ』

 子供のころ、坂道を自転車で下るのが好きだった。できるだけブレーキをかけず、ペダルから足を離して。運動が苦手で何をしても鈍くさいから、速さというものを感じてみたかったのだろう。今ふりかえるとよく事故に遭わなかったなと思うけれども、飛ぶように流れる景色や肌にあたる風が気持ちよかった。細田守監督のアニメーション映画『時をかける少女』を観て、そのときの感覚がよみがえった。
 細田さんの小説でも、走るシーンに惹かれる。例えば『おおかみこどもの雨と雪』。ふたりのおおかみこどもが人間からおおかみの姿へ、おおかみから人間の姿へ、めまぐるしく変身しながら、雪の林を駆け抜けるくだり。また『バケモノの子』で、渋谷から「渋天街(じゅうてんがい)」と呼ばれる異世界に迷い込んだ少年が、露店街を四つ足で走り抜けるところ。映像でも素晴らしい場面だが、ミニマムかつリズミカルな文章で読むのは格別だ。
 最新作『未来のミライ』にも、魅力的な疾走の描写がある。
 主人公の「くんちゃん」こと太田訓(おおたくん)は、四歳の男の子だ。おとうさんは建築家で、おかあさんは編集者。おとうさんが横浜市磯子(いそご)区の丘陵に建てた小さな家で、ミニチュアダックスフントのゆっこと一緒に暮らしている。ある冬の日、三人と一匹の家族に赤ちゃんが加わる。「いもうと」という言葉を初めて知ったくんちゃんは、おかあさんに〈なにかあったら、守ってあげてね〉と言われてもピンとこない。子供と未知のものの遭遇が、雪景色と重ね合わせて鮮やかに描かれている。子供の愛らしさも。〈くんちゃんは、いつもうつ伏せのまま、お尻を突き出して眠る〉というくだりなんて最高だ。
 妹は「未来(みらい)」と名づけられる。くんちゃんが生まれたときはおかあさんが育児休暇をとったが、今度は早めに職場に復帰することになった。その代わり、会社を辞めてフリーランスになったおとうさんが家事と子供の世話をするのだが、慣れていないのでなかなかうまくいかない。それまで両親の愛を独占していたのに、放っておかれるようになったくんちゃんは〈くんちゃん、赤ちゃん好きくないの〉と言ってしまう。
 上の子が下の子に嫉妬して赤ちゃん返りする。どこの家庭でもよくある話だ。しかし細田さんの手にかかると、そのありふれた家庭のトラブルが、不思議な物語に変わる。魔法みたいだ。しかも不思議な出来事が起こる引き金は、子供のいたずら。くんちゃんがミライちゃんの顔一面にお菓子を並べたことなのだ。かわいくて口元が緩む。自分の顔で遊ばれて怒ったミライちゃんは、なんとセーラー服を着た中学生の姿になって、くんちゃんの目の前にあらわれる。小さな兄と〝未来〟からやってきた妹の冒険が描かれていく。
 ああ、一刻も早く映像でも観たい! とわくわくしたのが、おかあさんに叱られて、ミライちゃんにも説教され、泣きだしたくんちゃんが、いつのまにか出現した熱帯魚の群れの中をもがき走るシーンだ。〈群泳する熱帯魚はトンネルのような穴を形成し、くんちゃんをどこかへ導いていくようだった。うねりは螺旋を描き、その螺旋がもっと大きくうねる螺旋の一部になった〉〈やがて導かれる先に一筋の光が見えた〉という。駆け抜けた熱帯魚のトンネルの先には、またもや未知の世界が広がっていた。それはどんな世界なのかというと……。ぜひ本書を読んで確かめてほしい。
『おおかみこどもの雨と雪』も『バケモノの子』も家族の物語だった。細田さんにとって子育てはミラクルな体験で、大事なテーマなのだろう。『未来のミライ』は、前二作よりもファンタジーテイストは控えめで、日常に重点が置かれている。
 そして、幼い子供の目を通して家族の来し方行く末を見つめる。実在する街も時間の経過とともに失われたものを含めて立体的に描きだす。思いきって走らないと見えない景色を見せて、親も子も光ある未来へ導く。
 
 

一冊一冊、未来に進め。
>>カドフェス2018 特設サイト
>>映画「未来のミライ」公式サイト


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