【カドブンレビュー】
物語の舞台は江戸の外桜田上屋敷、主人公の深貝文太郎は水野家の留守居役として暮らしている。
文太郎は、一緒に住んでいる奉公人の玉枝が、気遣いや食事の面で成長していることに喜びを感じ、仕事に対しても上司の意向に右往左往するものの、前向きに取り組んでいる。
やると決めたことはやりきる、いけないと思うことはきちんと口に出す、というさっぱりした性格の文太郎だが、殺された妻の志津の敵を討てていないことをずっと気に病んでいた。
一方で、この物語にはもう1人、重要な登場人物がいる。やくざ者に囲まれていたところを文太郎が救った、井村長輔という男だ。長輔は懐に帳面を抱えながら、老中首座の阿部大和守の追手から逃げている。
この帳面が、二人の物語を思わぬ方向へと導くことになるのだ。
この作品には、文太郎の日常が生き生きと描かれている。
争いごとがあれば屈強な敵をなぎ倒し、かと思えば近所の人に頼まれ猫捜しを手伝ったり、はたまた金策に走ったり。江戸で起きている大小さまざまな出来事に文太郎が巻き込まれ、奔走し、物語が次々と展開される。その展開のテンポの良さに、一気に最後まで読み切ってしまった。
玉枝のためにかんざしを買うシーンや仕事から帰宅後の食事のシーンなど、江戸の生活事情がありありと描かれている。だからこそ、時代小説特有の難しさがなく、情景が目の前に広がるようだった。
僕が気に入っている文太郎の人物像がよくわかるのが、文太郎と上役とのやりとりである。ちょっとしたやりとりでも相手の背景や心情を察して、慎重に言葉を選ぶ。たとえば、上役の不注意でお金を落とした際、文太郎に罪をなすりつけようとする上役の言葉を受け止め、冷静に最善策を検討する姿には頭がさがる想いだ。
さらに、奉公人の玉枝に愛おしさを覚えつつも、志津への想いも未だに変わることがない文太郎の心情が、今後どうなっていくのか気になって仕方がない。
作品に通じる「志津の敵は一体誰なのか」というテーマが、ストーリーのところどころに垣間見えた。その謎を早く解き明かしたい、この作品の中で明かされて欲しいと強く願った。
また、長輔は一体どういう存在なのか、帳面には一体何が書いてあるのか、という謎も物語が進むにつれ明らかになっていく。文太郎の視点以外からの話の展開も魅力的だ。
この物語はシリーズの3作目だ。僕が初めに手に取ったのは、この『流転の虹 沼里藩留守居役忠勤控』で、前2作品を読んでいなくても存分に楽しむことができた。
だが、この作品を読んでから、文太郎のファンになってしまったため、結局、前2作もすぐに読み始め、今は早く4作目が読みたい。
新作の発売をワクワクして待てる、人生を豊かにしてくれる貴重なシリーズに出会えてよかった。