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レビュー

二つの大きなサプライズが待ち受けるミステリ中篇集! 『虚像のアラベスク』

 あくまで本格ミステリに軸足を置きながら作品内容は多彩。小説が上手いので何を読んでも面白く、次々と新しいことにチャレンジするから新作から目が離せない——。
 ミステリ・ファンにとって、こんな作家に出逢う以上の幸運はないといえる。一九七〇年代ならば都筑道夫(つづきみちお)、八〇年代ならば泡坂妻夫(あわさかつまお)岡嶋二人(おかじまふたり)が、これに該当した。では現代では誰か?いろいろな名前が思い浮かぶが、まず第一に指を折るべきは深水黎一郎(ふかみれいいちろう)であろう。
 深水黎一郎は二〇〇七年、第三十六回メフィスト賞を受賞した『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』でデビュー。これは「読者が犯人」という難しい趣向に挑んだ力作であった。同作は『最後のトリック』と改題して河出文庫に収められ、ベストセラーとなっている。
 芸術探偵・神泉寺瞬一郎(しんせんじしゅんいちろう)が活躍する『エコール・ド・パリ殺人事件』『トスカの接吻』(いずれも講談社文庫)、『花窗玻璃(はなまどはり)』(河出文庫)などで芸術に対する深い造詣を本格ミステリと結びつけたかと思えば、傍若無人な警部が大暴れする『大癋見(おおべしみ)警部の事件簿』(光文社文庫)ではユーモア・ミステリのスタイルで推理小説そのもののパロディを試みるなど、その作風は変幻自在。
 二〇一七年にはデビュー十周年を記念して三作を連続刊行しているが、昭和三〇年代の田舎町を舞台にした『少年時代』(ハルキ文庫)、野球をテーマにした連作『午前三時のサヨナラ・ゲーム』(ポプラ社)、芸術探偵も登場する『ストラディヴァリウスを上手に盗む方法』(河出書房新社)は音楽テーマと、内容も形式もまったくちがう作品ばかり。芸術からスポーツまで作者の幅広い知識には、本当に感心させられる。
 そんな深水黎一郎の最新作『虚像のアラベスク』は神泉寺瞬一郎と彼の伯父・海埜(うんの)警部補が探偵役を務める中篇二本で構成されている。
 一本目の「ドンキホーテ・アラベスク」ではバレエ団の創立十五周年記念公演に脅迫状が届く。来日する国際団体の委員長がそれを観劇することになり、警備担当を命じられた海埜警部補が瞬一郎にバレエのレクチャーを受けるのだ。だが、そこには意外な結末が待っていた……。
 二本目の「グラン・パ・ド・ドゥ」では地方公演を控えたある団体で殺人事件が発生。社長が巨大な箪笥(たんす)の下敷きになって圧死するという異様な事件だ。一本目で解説されたバレエの専門知識が、そのまま二本目の伏線になっているのがスゴい。
 一般にペダントリイは「衒学(げんがく)趣味」と訳され、「知識をひけらかす」という意味で使われるから、あまりいい言葉ではないが、ことミステリに限っては、舞台の設定、雰囲気づくりや、真相のカモフラージュとして利用されてきた歴史がある。
 海外では『グリーン家殺人事件』『僧正殺人事件』のS・S・ヴァン・ダイン、日本では『黒死館殺人事件』の小栗虫太郎(おぐりむしたろう)が代表格だが、付け焼き刃の知識では小説全体が台無しになる危険もある諸刃の剣といえるだろう。
 その点、深水黎一郎はこれまでの作品で、絵画、建築、音楽などの芸術作品をストーリーの根幹に据え、ハイレベルな本格ミステリを書き続けてきた。本書においても、バレエの用語や歴史が瞬一郎によって詳しく解説されているが、それは決して無駄な寄り道ではなく、ラストの驚きと感動を演出するのに不可欠な要素なのである。
 また、書き方に工夫を凝らして読者に真相を誤認させる「叙述トリック」についても、『美人薄命』(双葉文庫)という大傑作があり、著者の得意技の一つであることを、ここで指摘しておこう。
 伏線の張り方ひとつとっても最高級のテクニックが用いられているのに、マニア向けの重厚な作品ではなく、誰が読んでも面白い洒落た小説に仕上げている点が素晴らしい。
 本格、ユーモア、ペダントリイ、社会派(!)とミステリの多様な魅力が楽しめる何ともお得な一冊だ。


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