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レビュー

アートを救うプロフェッショナル集団の暗躍

 キュレーターという経歴を持ちながらも新人作家時代はアートをテーマに書くことを避け続け、満を持して世に送り出した『楽園のカンヴァス』でルソーの絵をめぐる謎と攻防を描き切って山本周五郎賞を獲得した原田マハ。以降、芸術をテーマにした作品を次々と発表している彼女が、娯楽要素を注ぎ込んだスリリングなアート・エンターテインメントを上梓した。タイトルは『アノニム』。七人のプロフェッショナル集団の名前だ。

 それは五年前。フィレンツェ近郊の修道院所属の小さな美術館に展示されていたテンペラ画「受胎告知」が何者かに盗まれた。年間十万人もの来館者を呼ぶ絵画の盗難に当初はメディアも注目するが、その後来訪者は激減、美術館は閉鎖の危機においこまれる。が、事件発生から一年後のある朝、展示室のかつてと同じ場所に、「受胎告知」が飾られていたのだ。しかも隅々までクリーニングされ、修復を施され、絵の裏には詳細なコンディション・リポートが添付されていた。

その後も、盗難にあった美術作品が修復され元の場所に戻される出来事が続き、世間はそれらを謎の集団「アノニム」によるものだと認識するようになる。構成要員は七人だ。日本人の真矢美里、通称ミリは建築家で、香港の巨大美術館のメインアーキテクトに着任したばかり。ダリダ・フィオンティーナ、通称ヤミーはNYのブルックリンでギャラリーを経営するイタリア人女性。ゼキ・ハヤル、通称エポックはイスタンブールのトルコ絨毯店経営者だが、実は世界的に知られる在野の美術史家。フランス貴族の末裔、通称オブリージュはラグジュアリーブランドのオーナーかつファインアートのコレクター。パトリック・ダンドラン、通称ネゴはオークション会社「サザビーズ」の花形オークショニア。オーサムは学生のうちに起業し億万長者となったITアントレプレナー。蒋恩堂、通称ジェットはIT長者で世界屈指のアートコレクター、そして「アノニム」のボスである。

 今、ミリやヤミーが落ち合った場所は香港だ。彼らの目的は香港会議展覧中心で開催されるサザビーズのオークション。目玉は1940年代から50年代に活躍した抽象表現主義を代表する画家、ジャクソン・ポロックの未発表の大作「ナンバー・ゼロ」だ。驚異的な金額がつくに違いないこの傑作について、「アノニム」が企んでいることは何か。
 一方、香港の高校生、張英才は、裕福ではない家庭に育ちつつ、アートで世界を変えることを夢見ていた。画家を志し、独自の画法を見つけたと悦に入っていた彼はある日「匿名のメッセージ」=「メッセージ・アノニム」を受け取る。そこにはこうあった。〈やあ、アーティスト・張英才。/たった一枚の絵で、世界を変えてみないか?〉——。

 テンポよくスリリングに物語を運びながら、個々のキャラクターの魅力や役割、企みの全貌を少しずつ見せていく手さばきが見事。さらには学生による民主化運動が高まりつつある当時の香港という舞台背景や、ジャクソン・ポロックの作風や当時のアートシーンについての情報を分かりやすく盛り込んで、こちらの好奇心を刺激し続ける。読み終わった後には、読者も戦後のアートシーンがパリからニューヨークに移った理由を簡潔に説明できるようになっている。

 世界のアートを守ろうとする「アノニム」の暗躍っぷりはコンゲーム的な楽しさだけでなく、底知れないアートへの愛と信頼を浮かび上がらせ、そのほとばしる情熱に、いつしか胸を打たれている。それは間違いなく、著者自身の情熱でもあるからだ。それにしてもこの七人、今後も世界各国でいろんな活躍を見せてくれそうではないか。続篇を期待。


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