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レビュー

猫のようにままならず、猫のように……

 とある街の書店には、看板猫〝くうちゃん〟がいる。定位置は、レジ横の引き出しの上なのだが、時には売り物の本の上に、どっかりと座っている。初めてくうちゃんに出会い、おそるおそる撫でてみたら、気持ちよさそうに目をつむった。店長さんが
「あら、好かれてるわねえ。嫌いな人だと、入ってきた瞬間に店の奥に、さっと逃げ込んじゃうのよ」と笑いながら言った。
 嫌われなくてほっとした。品ぞろえは大型書店に負けるけれど、くうちゃんに会いたくて、その書店に出入りするようになった。そして行くからには買わないと、と本を予約したり、雑誌を買ったりしている。まさに、招き猫だ。
 その昔、スタジオでドラマの撮影をしていた時、猫が出演するシーンがあった。ちょうど夕飯休憩に入る前の撮影だったのだが、本番前、猫はするりとスタッフの腕から逃げて、家のセットの下に潜り込んでしまった。そのまま、なかなか出てこなかった。
 助監督さんたちが「おーいおーい」と這いつくばって呼ぶものの、一向に出てくる気配はない。一同お腹は空き、撮影時間も押してきたので、とうとう猫の出番をなくして本番を迎え、本番が終わると同時に、セットの奥から何食わぬ顔で出てきた。大物である。
 その現場で、私は監督に怒鳴られていたこともあって
「いつか猫のように大物になれる日がくるかしら」
 と、ぼんやり思いながら、食堂でさんま定食を食べた。苦かった。
 先日、映画「この世界の片隅に」を観ていたら、主人公すずさんと幼馴染が話す大事な場面で、後ろを猫が横切っていた。二人は目もくれず、猫もニャオと鳴かない。何気なく、さり気なく、通り過ぎる。アニメーションだったら、監督の好きなタイミングで、猫を登場させることができるのだなあ、と、しみじみ思った。
『猫たちの色メガネ』には、二十七篇全てに猫が登場しているのだが、物語によって、主役級もあれば、脇役もある。いなくても成立しそうなものもあるが、そこに猫がいるだけで、静けさや温もりが漂うから、やはりなくてはならぬ存在だ。
 不可思議で、辻褄の合わない物語と猫が、妙にしっくりときて、クセになってしまう魅力がある。次は、どんな出方をするのか、ページをめくるごとにワクワクしてしまう。
 さり気なく猫が登場するバージョンでは、お皿に載った錠前が出てきて、鍵穴に鍵を挿すことに快感を覚えてしまう「鍵穴パブ」や、冷やし中華を始めたことから起こる大騒動「冷やし中華始めますか」をニヤニヤしながら読んだ。現代作家の版画を置くギャラリーに長年勤めるトキオの心模様を描く「余白」では、トキオと猫の距離感に気持ちよく騙され、まるで現代美術を鑑賞しているかのような錯覚に陥った。
 顔が似ている、という理由で、ドタキャンしたピアニストの代理を務めることになった、ピアノが全く弾けない課長の顛末をユーモラスに描いた「十五分の静寂」での猫の出方は抜群のタイミングすぎて、喉が鳴りそうになった。
 そして、あちこちの物語に登場していた猫たちの生命讃歌のような最後の一篇「Q」に、作家の猫愛から沸き立つ筆力に、ひれ伏したくなった。

 読み終わって、私は思った。
 猫のような大物にはこれからも到底なれないけれど、猫のような、ちょっとだけの出番でも妙に気になる女優になりたい、と。
 著者のツイッターを覗いたら、つぶらな瞳のとびきり可愛い猫四匹の写真と共に、本書の宣伝が呟かれていて「売れたらおやつがもらえるニャ。」と鳴いていた。
 全国の猫好きには堪らない猫短編集。きっと、おやつ、たくさんもらえるだろうニャ。


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