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レビュー

物語の主人公は、はたして著者なのか? 迫真の“小説家”小説!『砂上』

【カドブンレビュー10月号】

 作者・桜木紫乃の出世作『ラブレス』(新潮社刊)を読んだ時の衝撃が忘れられない。
北海道の貧しい家に生まれ、旅芸人一座に飛び込んだ女の一代記。時に衝動に従い、時に他人に流される。傍から見たら、わざわざ不幸を選び取っているとしか思えない波瀾万丈の人生をリアリティをもって描き出していく。意外にもその内面は、今日と明日を生きることのみを考えるが故に平穏であったり、自分に素直であるが故に幸せを感じていたりする。人の幸不幸は外から判断できるものではないと考えさせられる生き様は、直木賞受賞作『ホテルローヤル』(集英社刊)にも通じている。
 「いったいどうしたらこんなスゴい小説が書けるのか?」という疑問をもった読者は『砂上』も素通りできない。
 なぜならこの小説は、一人の女性が小説を産み出そうともがく様を描いた作品だからだ。帯のコピーは「これは本当にフィクションなのか――。現実と虚構が交錯する傑作長編!」。当然、読者は『砂上』の主人公に作者自身を投影させて読むことになる。
 物語の主人公、柊令央は北海道・江別に独り暮らし。収入は、浮気して離婚した夫からの慰謝料が毎月5万円、ビストロのバイト代が毎月6万円、それだけだ。将来に展望もなく、じり貧の40歳。いつか小説家になりたいと、毎年こっそり小説の新人賞に応募し続けているが、結果は出ない。
 そこに突然現れた救いの神が、年下の女性編集者・小川乙三。彼女の容赦ない叱責とアドバイスに導かれ、令央は小説家への道を歩み始める。
 読んで思った。『砂上』は、作者が、自分はどんな作家なのか、その技術から内面まですべて明かしてくれている…としか思えない仕上がりの作品だと。そして、作家という職業に漠然と憧れる読者にとっても必読だ。
 主人公の令央は、一見小説家に向いているとはとても思えないパーソナリティの持ち主だ。
 切羽詰まった境遇にあっても、行き当たりばったりで問題は先送り。主体性がない。情が薄く、他人に興味がない。視野が狭い。親や周囲に運よくすがれたために決定的なダメージを受けたこともない。一言で言うと鈍感な女。武器は「小説家になれたらいいな」という憧れと今までのしょぼくれた半生だけ。
 令央のキャラクターや生き方には、どこか『ラブレス』の主人公のそれに通じるものがある。つまり作者は、自分自身を見つめることで、数々の衝撃的なキャラクターを生み出してきたと暗示しているのだ。
 「いやいや、そんなことないでしょ。鈍感で視野の狭い人が自分自身を客観視して小説の形にするなんて無理でしょ」と私も最初は思った。
 しかし、物語の中で、「だからこそ書けるものがある」と編集者の乙三は言い放つ。更に、令央のような書き手にふさわしい技法まで提示してくれるのだ。その一つが「三人称一視点」。
「かの村上春樹でさえ、一人称の小説から始めて、次第に三人称が書けるようになっていったというのに、いきなり三人称!?」と令央が思ったかどうかは分からない。しかし、乙三のアドバイスを無視して一人称の小説を書いて見せたところ、一刀両断される。いわく「この技法は物語を俯瞰できる書き手にしか使いこなせない」と。「ひとりよがりになりがちな書き手による一人称小説は読めたものではない」と、作家志望の読者にとってもありがたいアドバイスまでくれるのだ。
 乙三の導きによって、令央が作家として成長していく様やその内面は、経験したものでなければ書けないと思わせるリアリティを感じさせる。祖母、母、娘と三代に渡る女の生き方を比較する話の進め方、折り合いの悪い親を肯定しようともがくモチーフなど、『ラブレス』と通じる部分も数多い。
 そして作者の術中にはまったのではと一抹の不安を感じながらも、遂に私は納得してしまう。「やはりこの物語の主人公は作者の桜木紫乃そのものだ! どんな人間でも、すぐれた編集者と出会い、努力を怠らなければ、この世界でオンリーワンの作家になりうるのだ!」
 ぜひ多くの方にこの本を読んで欲しい。
 そして教えて欲しい。やはり私と同じ結論にたどりついてしまうのかを。


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